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アロハ・シャツと小説の主題

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 アロハ・シャツの小説を書いたら面白いにちがいない、と僕が思いついたのは十五年ほど前のことだ。ハワイのいくつかの博物館や大学の図書館をまわり、資料を検索してみた。手に入る資料は多くはなかった。シャツの現物はかなり残っているのだが、アロハ・シャツの歴史に関する正確な資料は少ない。

 ホノルルのダウンタウンで衣料品店を長く営んで来た人たちの多くが、高齢になろうとしていた。彼らから少しは昔の話を聞くことが出来た。アロハ・シャツを最初に作ったのは私だとか、私の父親だとか主張する人は多い。

 アロハおよびアロハ・シャツという名称を商標登録した人は、つきとめることが出来る。しかし最初にシャツの原形を作った人が誰だったのか、つきとめることは出来ない、というのが僕のとりあえずの結論だった。

 人がたくさん集まっている場所を撮影した昔の写真、たとえばスティーマー・デイのホノルル港の写真をルーペでのぞきこみ、アロハ・シャツらしきものを着ている人が何年頃から登場してくるかを調べる作業、そして最初に使用された布地がなにであったかを、消去法で絞りこんでいく作業など、楽しいものだった。

 日本の鯉のぼりや風呂敷、あるいは振り袖を流用したものだという説もあるし、沖縄の布地だとする説もある。模様の取りかたから推測して、沖縄の生地だったのではないかというのが、僕の説だ。

『頬よせてホノルル』という僕の連作短編集のなかに、『アロハ・シャツは嘆いた』という作品がある。とりあえずこの短編をひとつ書いただけになっているアロハ・シャツのストーリーを、また書こうと僕は思う。

 一九三〇年代から九〇年代まで、六十年にわたるハワイの物語の背景に、アロハ・シャツが見えかくれしてくれるとたいへんいい、などと僕は思っている。

 アロハ・シャツは悲しい。これがこうだからこんなふうに悲しい、というような理由や動機はなにもない。ただわけもなく、直感的に悲しい。そしてその直感は正しい、と僕は思う。シャツとともに、もちろんハワイそのものも、たいそう悲しい。

 船で到着すると、あの島の悲しさがよくわかる。僕は幸せなことに雨の日の午後、古き佳きホノルル港に船で最初に到着した。見えるものすべて、聞こえてくるものすべて、そして匂うものすべてが子供の僕にとっては悲しかった。

 船で島を去ると、悲しさはもっとよくわかる。僕の乗った船が動きはじめた瞬間、港を中心とした景色、そのむこうのダウンタウン、さらにそのむこうの山なみなどに対する、僕の視角が微妙に変化した。その変化の悲しさに耐えかねて、僕は船から飛び降りかけた。港の海を泳ぎ、埠頭まで、つまり島まで、帰りつきたいと切望した。

『アロハ・オエ』は万能の歌だ。幸福な出会いの歌であると同時に、悲しい別れの歌でもある。船が港を出るとき、楽団はテンポを落として『アロハ・オエ』を演奏した。テンポを落として演奏すると、あの歌は別れの歌になる。

 これからなにがあろうとも、僕は絶対にもう一度、この島に戻って来る。少しずつ遠のく島の景色に、泣きながら僕はそう誓った。もう一度ここへ帰って来る。それだけが人生の目的だ、とまで僕は思った。

 太平洋のような巨大な海のまんなかにある小さな火山の島は、それだけで充分に悲しい。その島の歴史をふりかえるなら、悲しさは客観的に立証される。風も雨も陽ざしも、赤い土も夕陽も朝陽もみんな悲しい。音楽も素晴らしく悲しい。島で着たアロハ・シャツの裾や袖口が風にはためき、背中が風で丸くなるとき、そこに島の悲しさがある。

(2017年1月3日公開『昼月の幸福ーエッセイ41篇に写真を添えて』1995年所収)

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『アロハ・シャツは嘆いた』|片岡義男
観光地化する以前のハワイ。その類まれな美しさを象徴する1つの実物として、アロハ・シャツ、というものがある。

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1995年 『アロハ・オエ』 『アロハ・シャツは嘆いた』 『昼月の幸福ーエッセイ41篇に写真を添えて』 『頬よせてホノルル』 アメリカ アロハ・シャツ ハワイ
2017年1月3日 05:30
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