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「そいつぁ、いかすぜ」

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「いかすぜ」という言いかたが登場したのは、一九五〇年代のなかばだったと思う。当時のひとりの映画スターの個人的な口ぐせのような言葉だったが、ものの見事に時代を反映していたがゆえに、十代後半から二十代半の、戦後生まれとは言えないものの戦後育ちではあった、若い人たちのあいだにいっきに広まった。子供の僕もしきりに使った記憶がある。「いかしてる」「いかすじゃないか」といった肯定の使いかたに対して、「そんなのいかさないよ」という否定の使いかたのある、いかすいかさないで躊躇なしに対象を二分する思考を、外に向けてあらわにする言葉だ。当時の若い世代にとっては、自分たちの時代を言いあらわす合言葉となった。

 自分たちの時代とは、経済の時代だ。朝鮮戦争、GHQの廃止、防衛庁と自衛隊の発足、経済白書による「もはや戦後ではない」という宣言などをいまたどっていくと、時代は確実に次の時代に向けて、急速に進行しつつあった。所得倍増計画というものが閣議で決定されて国の方針ときれるまで、あと四年ほどのところだ。経済の時代が確定すると同時に、二分法の言葉が若い世代の合言葉となった事実は、注目に値する。

 いまでも使う人は多い。死語ではないどころか、けっして古くなってはいない。なぜなら二分法 は、いつの時代にもその効果を失わないからだ。「いかすぜ」以後、日本社会のなかでこの二分法はますます強力になっていった。明るい、暗い。いけてる、いけてない。差がつく、つかない。 ワン・ランク上、あるいは下。列挙していくときりがないほどに、いろんな二分法が時代のなかに出現した。ひとまずの到達点は、バブルの頂点における、お酒落・お酒落じゃない、という二分法が、これはいまでも、もっとも強力な二分法のひとつだ。

 消費の差異化、価値の多様化、個性の尊重といった言いかたによって、本質の直視をさまざまに回避してきたものの、こうした二分法があからさまに経済格差の問題である事実は、すでに隠しようもない。敗戦から十年が経過して社会は安定に向かい、経済は右肩上がりの方向が見え始めた一九五〇年代なかばに「そいつぁ、いかすぜ」が登場した事実は、あらゆる二分法が経済格差の上に立っている事実を、象徴的に示している。

 日本社会が二極化しつつあることを、いまではほとんどの人が認めている。二極化とは、顕在する経済格差そのものであり、二分法の最たるかたち。下世話な言葉でもっとも端的なのは、勝ち組・負け組という言いかただろう。日本の経済が縮小し弱くなっていく過程と、時をおなじくして出現した言葉である事実に注目すべきだ。勝ち組・負け組とは、たくさん稼いで羽振りが良いか悪いか、つまり金融資産のあるなしのことだ。「いかすぜ」は、半世紀足らずのあいだで、ここへ到達した。

 誰しも負け組には入りたくない。いまの自分はどうやら負け組かな、とも思いたくはないし、遠からず負け組に入るほかないかな、とも思いたくない。そうは思わないままになんとか日々を過ごしていけるのは、不況と結びつきながらなおもスパイラルで落下していく、デフレという状況だ。 身のまわりに起きる必要はすべて、低価格商品で間に合わせることが出来る。自分は負け組であるという認識を確定させることに対して、物の値段が安くなったと思えるいまの日本の経済状況は、 猶予の期間として機能している。経済がさらに悪化したなら、日本の負け組つまり大衆は、いったいどうするつもりなのか。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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2002年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 バブル 戦後 日本 社会 経済 高度経済成長
2016年12月23日 05:30
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