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クロスワード・パズルの楽しさが、ぼくを離してくれない

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 ぼくは、クロスワード・パズルについて書くのを忘れていた。

 だから、クロスワード・パズルについて書こう。

 日本でアメリカのクロスワード・パズルに接するもっとも簡単な方法は、日本で発行されている英字新聞を買い、その新聞にのっているクロスワード・パズルを見ることだ。東京のホテルや洋書店で売っている『ニューヨーク・タイムズ』のようなアメリカの新聞に出ているクロスワード・パズルでもいい。

 日本の洋書店では見かけないけれど、アメリカで書店にいくと、クロスワードのペーパーバックや雑誌のならんでいる一角が、かならずある。

 クロスワードを中心にしたワード・ゲームやパズルを何種類ものせた雑誌が、定期刊行物としていくつも出ている。

 なかでも有名なのは、ペーパーバックで知られているデルという出版社の出している、『オフィシャル・クロスワード・パズルズ』と『デル・クロスワード・パズルズ』だ。どちらも月刊の専門誌だ。

 クロスワード、そしてそのほかのワード・ゲームに関して、このデルという出版社は老舗のようになっていて、『デル・クロスワード・パズルズ』という月刊誌などは一九三一年の創刊でありながらいまだにつづいている。

 デルが毎月おくり出しているワード・パズルの雑誌は、たいへんな量にのぼる。『デル・クロスワード・パズルズ』の裏表紙を見ると、パズル雑誌の年間発行予定表がついている。ひと月のあいだにペーパーバックも含めて、クロスワードおよびワード・パズルの本が八点も出ている。

 『ワード・サーチ・パズル』、『一九八〇年クロスワード・マニュアル』、『パース・ブック・オブ・クロスワード』第四十四巻、『パース・ブック・オブ・ペンシル・パズル・アンド・ワード・ゲーム』第十四巻、『ポケット・クロスワード』、『ワード・サーチ・パズル』第十九巻、『オフィシャル・クロスワード』、『デル・クロスワード・パズルズ』、以上、八点だ。

 デルから刊行されているクロスワードのペーパーバック・シリーズを全部そろえようと思ってシアトルで本屋さんへいったら、そこには第一巻から第三十九巻までそろっていた。一冊ずつ、みんな買った。

 アメリカで一般民家のガレージ・セールなんかにいってみると、本や雑誌をひとまとめに入れたボール箱のなかに、このデル版のクロスワード・パズル本が、かならず三冊や四冊は入っている。手にとって開いてみると、ほぼ全ページがボールペンの書きこみで埋まっていて、じっくりと時間をつぶした跡がうかがえたりする。

 大企業のやり手の重役、という雰囲気の男性が、ニューヨークの駅のカフェテリアでコーヒーを飲みながら十二フィートのクロスワードに挑戦したり、コミューター・プレーンに乗りこんできたヤング・エグゼクティヴが、目的地に着陸するまでクロスワード・パズルに没頭しっぱなしだったりという、アメリカ的な光景はよく見かける。

 日本でも、新幹線のなかで英字新聞を小さく折りたたんでクロスワードのところだけを出し、ボールペンをかまえてひたすら白と黒の枡目とにらめっこ、というシーンをたまに見たりする。

 それとなく観察していると、枡目のなかに文字を書きこむペースが十五分や二十分に一回であったりして、クロスワードがいかに時間をくうか、逆に言えば時間つぶしとしてクロスワードがいかにすぐれているかが実感でき、面白い。

 十二フィートのクロスワード・パズルとは、縦長の地図帳のように折りたたんであるクロスワード本のことだ。ぜんぶ広げると、その長さはじつに十二フィートであり、縦のカギと横のカギが合計で二千五百もある。すべて正解を書きこんで征服するまでにいったい何時間かかるのか見当もつかないという、おそるべきクロスワードだ。

 これが、ニューヨークにじつによく似合う。ニューヨークへいったらカフェテリアでこれに挑戦しなければ完璧とは言えない。

『結婚ゲーム』という映画の原作小説『スターティング・オーヴァー』のなかに、クロスワード・パズルがアメリカらしいかたちで登場していた。離婚してひとり暮らしのフィル・ポッターという主人公の男性が、クリスマスのホリデー・シーズンをひとりですごさなくてはいけない羽目におちいる。クリスマスにしろサンクスギビングにしろ、ホリデーシーズンをひとりですごすということに関して、ほとんどのアメリカ人は、恐怖感と罪悪感の複雑に混じりあった強い気持を抱いている。

 ホリデーシーズンをひとりですごすのはもちろんいやだが、たとえばクリスマスのあいだずっとひとりだったという事実を人に知られるのはもっといやだ、といった気持がある。『スターティング・オーヴァー』の主人公、フィル・ポッターもそんなアメリカ人のひとりだ。彼はクリスマスのあいだ自分の部屋のなかにじっとしていることの恐怖と罪悪感とに耐えかねるあまり、友人のアパートの部屋へいってクリスマスをすごす。その友人はクリスマスのあいだフロリダにいっていて、部屋はからっぽになる。部屋のなかにとじこもってひとりでホリデー・シーズンをすごすことにかわりはないのだが、とにかく彼はスーツケースに荷物をつめこみ、自分の部屋から友人の部屋へ、体を移す。

 このとき彼がスーツケースのなかにつめて持っていくもののなかに、何冊ものクロスワードの本があって、おかしかった。クリスマスのあいだずっと、彼は友人の部屋にとじこもり、テレビを観てウイスキーを飲み、クロスワードにとりくんだのだ。

 クロスワード・パズルの面白さは、やってみなければわからない。英語の素養がある程度なければどうにもならないわけだが、普段めったに使わないような言葉をたくさん知っていないと楽しめないのかというと、そんなこともない。

 ぼくのやり方だと、知っている言葉をまず埋めていき、それを頼りに、縦に横にと、いろんなふうに見当をつけては、字を埋めていく。まわりから攻めていって、ぱっとひらめいたときなんか、じつに楽しい。

 縦と横と、両方から攻めていくわけだから、たとえばある程度まで縦を攻めきることができれば、まったくわからなかった横の言葉がいつのまにかできあがってきて、ああ、なんだ、この言葉でいいのかと納得したりするときも、非常に楽しい。縦と横のカギが、それぞれしっくりとからみあいつつ、うまいぐあいにいいテンポで解けていくときの楽しさは、独特のものだ。

 クロスワード・パズルにおいては、縦のカギも横のカギも、埋めるべき言葉を頭のなかでさがし出すためのきっかけとして作用する、ほんのみじかい説明や言いかえ、あるいは定義などになっている。縦と横の有機的なからみ合いをたしかめつつ、推理し組み立てていく楽しさが、やはりいちばん大きいのではないだろうか。

 この楽しさにひっかかってしまうと、ほんとに時間なんて、あっというまにすぎ去っていく。

 白い枡目をすべて正解で埋めおえても、べつになんの得にもならないのだが、なんともいえない奇妙な達成感があり、この達成感はじつに不思議な快感だ。

 いくら楽しいといっても、まったく歯が立たないようなのは、あまり楽しめない。クロスワード・パズルにはちゃんと難易度のランクがあり、クロスワードの雑誌でもペーパーバックでも、難易度が明示してある。やさしい順にならべると、「イージー」「メディアム」「ハード」「エキスパート」「チャレンジャー」と、こうなる。

 「チャレンジャー」のクロスワードが一時間くらいで解けてしまう人がいるというけれど、どういう人なのだろうか。「イージー」がとっつきやすいといっても、かならずしも簡単ではないようだ。はじめのうちすらすらとできていて、もうちょっとというところでにっちもさっちもいかなくなったときの楽しさというやつもある。ひとりで黙りこくったまま辞書をめくりつづけ、それでもまだ正解できないとき、新聞のクロスワード・パズルなら、明くる日までおあずけになる。正解は、明くる日に出るのだ。

 クロスワード・パズルに執着している人たちのために、クロスワード用の辞書が、すでに何種類も刊行されている。クロスワード用のアンチョコだと思えばいい。ぼくは、デル・ブックスのものと、バンタム・ブックスのものと、二種類持っている。

 クロスワード・パズル用にたいへん意識して言葉を集めたという感じではデル・ブックスのほうがかんろくのようなものがあるけれど、使いやすさではバンタム・ブックスのほうがいいようだ。これを使うと、たしかに、クロスワードを解いていくスピードは早くなる。しかし、わからない言葉があまりにもすぐにわかったりして、縦と横との有機的なからみぐあいの内部を手さぐりしていく楽しみは、そのぶんだけ薄れることになる。

 秋雨の日に新幹線で東京から博多までいかなくてはならないというようなことになったら、ミステリーもSFも冒険小説もやめにして、ぼくだったらただひたすらクロスワード・パズルにうちこむだろう。ときたまコーヒーを飲みながら、新幹線のあの強引なスピードのなかで、クロスワードに自分の時間を注ぎこむのだ。

 クロスワードの雑誌やペーパーバックを買いこむと、クロスワードのほかにいろんなタイプの言葉さがしパズルがついていて、これも楽しい。ワード・サーチ。クリス・クロス。クリプトグラム。クロス・サムズ。ラダーグラム。ソリクロス。いろんな名前の、それぞれに工夫されたパズルでいっぱいだ。やってみると、どれもみな面白い。

 アメリカにおけるクロスワードを本格的に研究してみると、面白い事実がいっぱいあるにちがいない。クロスワードを楽しむ人たちはとても多い。デル・ブックスの『クロスワード・ディクショナリー』など、これまでに900万部も売れているそうだ。自分ひとりだけの時間の使い方として、クロスワード・パズルほどに不思議なものも、ほかにちょっとないのではないだろうか。

『ブックストアで待ちあわせ』新潮社 1983年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

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1983年 1995年 『デル・クロスワード・パズルズ』 『ブックストアで待ちあわせ』 アメリカ エッセイ・コレクション クロスワード 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』
2016年12月21日 05:30
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