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社員証と高い付加価値

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『スーダラ節』という歌が全国的なヒットになったのは一九六一年のことだ。この歌によれば、サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ、ということだった。文字どおりこの気持ちでいた人たちが多かったと同時に、これでいいのか、このままでいいのか、と胸の底のどこかで、不安を感じていた人も多かったのではないか。ひとまずの大目標であった東京オリンピックに向けた急坂を、日本経済は轟音をあげて駆け登っていった。高度成長が始まるにつれて、社会は巨大で強力になるいっぽうで、自分は相対的に小さくなって無力感がつのる、というような時代だった。

 それから二十年をへずして、窓ぎわ族という言葉が登場するにおよんで、不安は的中した。社内で仕事のなくなったサラリーマンが、窓ぎわへ席を移されてうとんじられる、という事態が日常のものとなった。窓ぎわ族になるのはその人の能力の問題ではなく、過剰雇用があらわになるというかたちでサラリーマンの時代が終わっていくことだと、多くの人は察知したのではなかったか。一九八一年には粗大ゴミという言葉の転用が始まった。社内で窓ぎわ、家庭では粗大ゴミ。単なるサラリーマンとして生きる時代の終わりは、社内から波及して家庭でも認識されることとなった。窓ぎわ族の時代は、いま思えばうららかな好天の日々だった。仕事がなくても出来なくても、その人は席の位置が変わるだけで、雇用は保証されていたのだから。

 戦後の日本は戦中の延長としての人海戦術の時代を生きて来た。規格品の大量生産と販売、つまりシェアの拡大競争ではあったが、見分けのつかないよく似た製品を作り、我が社の製品、俺んとこの物などと言い、真の競争は知らないままだった。しかもすべては作る側の都合と売る側の事情の上に立って進行した。外という真の競争社会を知らないままに、すべてはバブルに入った。バブルとは内側だけの論理の、最大限の拡張だ。そしてそれは崩壊した。

 窓ぎわ族という言葉は、競争を知らない人、競争の出来ない人の時代の終わりを告げていた。機能を持たない人の終わりだ。たとえば役職だけが機能である中間管理職は、まっ先にすべて消え去り、組織は横置きのフラットなものになる運命なのだが、ものごとは核心だけをつらぬいて進むわけではない。肩たたき、出向や自宅待機、早期退職制度、減給、部署削減、リストラ解雇と、ゆるやかに蛇行した。

 これからはいっきに真の競争だけの時代となる。それ以外に明るい前途はない。プロジェクトごとに高度な人材が集められ、目標が達成されたら解散する。求められることのみを経路にして、人材は次のさまざまなプロジェクトへ散っていく。プロジェクトを立案して運営する人たちも、社など関係なく集められた人材だ。これまでのような会社とサラリーマンは、気づいてみればどこにもない。僕は空想を書いているのではない。もはや動かしがたい現実としてこのような仕事のしかたが、日本で定着を始めている。最先端のきわめて高度な、しかも多岐にわたり得る能力の持ち主たちが、生産性を高め続けることによってのみ、高い付加価値というものは生まれて来る。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 サラリーマン 仕事 会社 会社員 働く 戦後 日本 社会 経済
2016年11月23日 05:30
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