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個人的な絵葉書における、写真と民主主義の関係

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『燃える大平原と紙でつくった月』のような本は、たっぷりと時間があるときには、ほんとにいいものだ。この本のなかには一九〇〇年から一九二〇年にかけてのアメリカ各地で作られて使用された絵葉書が二百ページちかい分量のなかに、どっさりと収録してある。その写真絵葉書のひとつひとつをながめていくとたいへんに面白く、じっくりとながめないことにはこのような本は楽しむことが出来ず、したがって、時間が充分にあるときには、ほんとうにいい。

 写真絵葉書とは、写真を印刷した絵葉書ではなく、印画紙にネガからじかにプリントしてそれを葉書として使用したものだ。なにしろ今世紀のはじめ、いまから六十年ないし八十年まえのプリントだから、本来なら白い部分が、絶妙としか言いようのないきわめて淡いベージュあるいは独特のくすみかたをしたクリーム色となっている。

 昔のモノクロームのプリントのなかに見ることの出来る、このような微妙な色が、僕はことのほか好きだ。懐かしい手ざわりが、その色のなかには確実にある。自分が直接に体験することなどとうてい出来ない遠い昔の出来事をとらえた画面ぜんたいに対して、この微妙きわまりない色ゆえに、いまの風景を撮影した現在の写真よりもはるかに密接な現実感を、僕は抱くことが出来る。

 白い色の変色も素晴らしいが、黒い部分のグラデーションが持つ気品のようなものにも、僕は強くひかれる。白い部分がセピアに変わってしまうと、世界はまた別のものになるだろう。セピアではなく、微妙にくすんだクリーム色にとどまっているところが、じつにいい。

 収録してあるような古い写真絵葉書のコレクションを自分のものとして欲しいとまでは思わないが、現物を一枚ずつ丁寧に見ていき、気にいったものは四倍のルーペをとおしてなめるようにのぞきこみ、二十世紀はじめのアメリカでの日常生活のディテールの内部をさまよってみたい、とは思う。

 いま、普通、絵葉書というと、観光名所とか有名な場所とか、とにかく広く普遍性を獲得している場所をカラーで撮って印刷し、葉書としたものを思い浮かべる。このような絵葉書が圧倒的多数になる以前には、普遍性をあまり持たない、つまりたいへんにプライヴェートな写真絵葉書の時代があった。

 二十世紀はじめのアメリカは、きわめておおざっぱに言うと、ほとんど農業だけの状態から、農業を土台にした工業国へと、轟々と音を立てながら変化しはじめていた。このような時代の文脈のなかでは、工業とは新しいさまざまな技術であり、これまで人々がまったく期待もしていなければ夢にさえ思ってもいなかったような数多くの新技術のひとつひとつが、未来への楽天的な展望のような希望を人々にあたえた。そして、このような工業国への発展は、いろんな新しい技術を社会のなかへ広くゆきわたらせることをきっかけにして、理念的には民主主義をそれまでよりもはるかに明確に描かれたものとして、人々のあいだに定着させていった。

 二十世紀になってからのアメリカで流行した写真絵葉書も、じつはこうした民主主義の産物だ。写真の技術そのものは、十九世紀のなかば以前に、発明されている。その写真の技術が、アメリカで広く一般に普及していったひとつの重要なきっかけは、ジョージ・イーストマンがまったくのアマチュアむけのカメラを市場に出したことだ。

 このカメラには、あらかじめフィルムが装塡されていた。そのフィルムをすべて撮影してしまった人は、フィルムが入ったままのカメラをコダックに送りかえした。フィルムは現像され、プリントといっしょに、新たにフィルムを装塡したカメラとともに、その人の手もとに返送されてきた。一八八八年には、すでに写真はこんなに簡単でしかも一般的なものとなっていた。

 民主主義の広まりかたを、アメリカ史の年表のなかで確認しなおしていくと、面白い。二十世紀に入ると、それまでは存在しなかったさまざまなものが、いっせいに誕生していった。これらのものは、そのほとんどすべてが、広く一般の人々のものであり、その背後には、未来という前方にむけて人々や社会ぜんたいをつき動かさずにはおかないような推進力を、ものすごい底力としてたたえていた。

 広く一般の人たちの手に渡った写真がどのように民主主義とからみあったかというと、要するに、人と人とを、それまでよりもさらに親しく、技術の力によって結びつけた、ということだ。アメリカ合衆国のあの大陸は、とてつもなく広い。二十世紀がはじまったばかりの頃のアメリカには、都会と呼びうるような場所は、二つか三つだった。残りはすべてだだっ広い大陸であり、その大陸のなかに、田舎が、おたがいに遠く離れて存在しているだけだった。

 田舎町の人たちがどんなふうに生活し、どんな様子で毎日を送っているのか、おたがいにわざわざ出むいていかないかぎりすこしもわからないという状態が、ごく日常的に、大陸内のいたるところにあった。

 このような状態のなかにある人たちを、プライヴェートな写真絵葉書は、おたがいに結びつけあった。郵便制度が改正され、それまでは田舎では雑貨屋を兼ねた郵便局留めでしか配達されなかった個人の郵便物が、それぞれの人あてに戸別に配達されるようになった。人と人とをより緊密に結びつける民主主義のシステムであるこの新しい郵便制度のなかに、写真絵葉書は、いっきょに、大量に、流れこんだ。

 アメリカで流行するまえにヨーロッパで流行した写真絵葉書は、アメリカに入ってくると、大きく分けて三つの種類になった。ひとつは、プロの写真家が構えているスタジオで、バックドロップのまえにかしこまって立って撮影したポートレートないしはそれに準ずるもの。そして、プロないしはパートタイム・プロのフォトグラファーが、自分の住んでいる町やその近辺の日常的な出来ごとあるいは竜巻とか納屋の火事とかのちょっとした特別な出来ごとを写真に撮り、絵葉書としてプリントして売ったもの。さらにもうひとつは、アマチュアが自分で撮ったネガを、絵葉書としてプリントしてもらったもの。以上の三種類だ。

 カリフォルニアでペンキ屋をやっている遠縁の叔父さんが、建物の壁いっぱいにリグレーのチューインガムの広告をペイントで描いている現場を、そこで働いている叔父さんとともに写真に撮って絵葉書にしたものが、大陸の東側のどこか田舎に住んでいる親類のところに、ある日、配達されたなら、その一枚の絵葉書は、親戚の人からの便りであると同時に、そのような個人性を大きく超えて、ニュースでありエンタテインメントであり、インフォメーションでもあった。自分の日常的な状態を、誇りをこめて他の人に知らせるという、まさしく民主主義的な機能を、写真絵葉書は果たした。フィルムが改良されて長時間露光が必要なくなると、ごくみじかい露光によって、人々の自然な状態が、簡単に写真に撮れるようになった。身のまわりの出来事を写真に撮り、絵葉書にして人々に送る。現代の複雑に発達したインフォメーション・ネットワークの原形が、すでにそこにあった。

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PRAIRIE FIRES AND PAPER MOONS, The American Photographic Postcard: 1900-1920
Hal Morgan and Andeas Brown
David R. Godine
1981|アマゾン日本|

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』太田出版 1995年

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1995年 20世紀 アメリカ 写真 写真集 民主主義 片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』
2016年10月25日 05:30
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