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本を三冊買う

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 本を三冊買う、という楽しみかたの方針を、現在の僕は確定されたものとして持っている。三冊だと買うときにもっとも楽しい。おそらくそのせいだと思うが、買ってからずっとあとまで、その楽しさは持続する。だから、楽しみかたの方針という言いかたを僕はしている。

 本を三冊買うとは、たとえばある日の午後に街へ出て、古書店があればそこに入り、三冊の本を見つけ出してそれを買う、ということだ。古書店ではなく新刊の書店でもいいけれど、古書店のほうが楽しさにおいて比較にならない。新刊の書店に本は山のようにあるが、どの本もいま現在この瞬間という、悲しくなるほどに小さな現場における諸般の事情に、商品として見事なまでにからめ取られていて、しかもそのことにまったく気づいていない。こういう場所にも買うに値する本があることは確かなのだが、本を三冊買うという楽しみのほとんどを、僕は古書店で実行している。

 一軒の古書店で小一時間ほど本を見て、そこから三冊を選び出して買うなら、本を三冊買う、という方針のもっとも明快な実践となる。三軒の古書店をまわり、一軒ごとに一冊買って合計で三冊になる場合は何度もあるし、一軒で二冊、そしてもう一軒で一冊、という場合もある。いずれにせよ、その日の本の買い物として、三冊の本を自宅へ持って帰る。

 なぜ古書店のほうがはるかに好ましいのか、その理由は単純だ。古書店の在庫は、店頭だけでも、時間の奥行きが新刊書店とはまるで異なる。店の棚に置く本に関して、少しでも好みや方針を維持している店なら、時間の奥行きは戦後日本の六十数年を、ごくあたりまえのこととしてまたいでいる。戦中戦前そして昭和初期まで遡って在庫のある店は、古書店では珍しくもなんともない。六十年、七十年という時間が経過したあとだと、それぞれの本が刊行されたときの時事性、つまり社会情勢への即応性のようなものがすっかり消えているから、どの本も内容だけですっきりと独立したありかたを、なんの無理もなく獲得している。

 そしてその内容に、ふと古書店に入ったいまの僕が書棚に見かけて、興味を惹かれる。僕とその本とが偶然の遭遇によって、一対になることをとおして、買ってもいい、買おうか、よし買おう、という判断がやがて成立し、その本は僕のものとなる。そしてその本は、僕のとらえかたでは、一点ものだ。おなじ本を古書マーケットのなかで見つけることは可能だと思うが、店頭での遭遇という偶然まかせの僕にとっては、そのときその場にいればこそ手に入る、一点ものだ。

 なぜ三冊なのか。いろんな意味で三冊がちょうどいいからだ。買ったあと自宅に帰るまで持って歩くことになるが、三冊なら邪魔にならないし重くもない。百円の本を三冊、ということはめったにないが、どんなに高くても一万円を超えることは珍しい、という範囲に収まる。なんといっても素晴らしいのは、三冊の取り合わせだ。

 取り合わせの妙を最初から狙って棚の本を見ていくのではない。自分の興味を強くとらえる一冊がまずあるかどうか、棚を見ていく。その一冊はかならずある。やがてもう一冊、そしてしばらくするとさらに一冊。その三冊をあらためて観察すると、取り合わせには笑いたくなることがしばしばだ。これまでの体験では、ほとんどの場合、とんでもない取り合わせばかりだ。

 この三冊が、いったいなぜ、どのような理由で結びつくのか。そう思いながらその三冊を眺めると、そこには他の誰でもないこの自分がいることに気づく。自分というひとりの人に棚から抜き出されることによって、その三冊は結びついている。自分とは、ピン・ポイントによる一例として、この三冊のような人なのかという問いには、そうです、としか答えようがない。そのようなピン・ポイントがたくさん集まって、僕にとっての関心や興味の領域が作られている。そしてその領域は、あたりまえのことだが、すべて僕というひとりの人のものだ。

 古書店で本を三冊買うという方針が確定したのは、この四、五年のことだ。それ以前の僕はどんなふうに本を買っていたのか。偶然の遭遇、つまりそのときまかせはいまと変わらないとして、買いたい本が一冊だけならその一冊を、何冊もあれば何冊も、買っていたのだろう。三冊という数は、取り合わせという不思議さを作り出してくれる、最小単位だ。三冊によって作られる三角形のなかに、そのつど自分がいる。三冊ずつ買った本をそのとおりにならべておく本棚があるといいかな、と思い始めている。古書店で僕が本を三冊買うのは、ひと月に一度ないしは二度という頻度だ。このくらいがちょうどいい。頻繁すぎると、面白さが薄れるような気がする。

 何軒かの古書店から通信販売用の目録が定期的に送られてくる。最新の一冊が手もとにあるから、それを店に見立てて、三冊の本を探して楽しんでみよう。『海の波』という本がすぐに見つかった。日高孝次という人が昭和十九年に翻訳したもので、千五百円だ。これは欲しい、と言うよりも、ぜひ読んでみたい。それに、昭和十九年という刊行年が、僕をしきりに誘惑する。 

『木から紙になるまで』という本も良さそうだ。昭和二十二年のもので、これは三千円だ。どんな内容なのか、という興味のかたわらに、根拠も理由もないまま、昭和二十二年という刊行年にも、僕は強く惹かれるものを感じる。『日用宝典』という本が見つかった。昭和四年のもので、目録での価格は二千円だ。日本児童文庫というシリーズのなかの一冊だったようだ。書名から推測する内容は、日常生活の円滑で賢いこなしかたと、そのための必須知識や心得などを、子供向けに実用書ふうに説いたものではないか。昭和四年のこういう本が、いまでも簡単に手に入るとは。昭和四年など僕はまったく知らないが、歴史年表を見るとすぐにわかるのは、アメリカの株式市場で株価が暴落した影響を受けて、日本国内では重要な輸出産業であった生糸の価格が崩落した、というようなことだ。八十年前なのに、いまとまるでおなじではないか。

 昭和二十二年に出版された『万次郎漂流記』。昭和五十八年、鈴木いづみの『ハートに火をつけて』。昭和二十五年に翻訳されたエドナ・ファーバーの小説『サラトガ本線』。そし昭和二十三年、鈴木文史朗の『戦後のアメリカ第一信』。これらの本が目録のなかから僕を誘っている。『戦後のアメリカ第一信』は持っているような気がしたので、探してみたらあった。昭和三十九年『上手な電話のかけかた』、二千円、という本にも惹かれる。昭和三十年代の終わりの日本は、一般家庭に電話が急速に普及していった時期だ。

『海の波』『日用宝典』『万次郎漂流記』『ハートに火をつけて』『サラトガ本線』『上手な電話のかけかた』の六冊が、たちまち見つかったではないか。このなかから三冊を買う。いまの僕なら、『海の波』と『日用宝典』そして『ハートに火をつけて』となるだろう。

 目録には上原敬二という人の著作が四冊、掲載されている。僕はまったく知らない人だが、著作の題名から推測して、庭園についての専門家だったようだ。大正十四年の『風景雑記』から始まって、『和洋風庭園の作り方』『日本人の生活と庭園』『庭の科学十二ヶ月』の昭和十九年までの四冊が、合計で二万六千円だ。題名はどれも魅力的だし、出版された年代にも興味深いものがある。目録で見ていると多少は冷静な心理状態だが、店頭でこの四冊を見たら、おそらく僕は買う。三冊に一冊を加えて四冊だが、おなじ著者によるこのような著作の場合は、四冊とは数えずに一冊と考えたほうがいい。そうしておけば、あと二冊、なにか別の本が買えるのだから。

底本:『ピーナツ・バターで始める朝』東京書籍 2009年

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2016年10月4日 05:30
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