ジェリー・ガルシア、あるいは、グレートフル・デッドでもいいのだが、とにかくこのひとつの固有名詞のむこうに、ひとつの大きな転換期の時代のスリリングで複雑な広がりが、具体的にいくらでも見える。
そして、それがもし見えないとしたら、その見えないという事実は、見えない当事者にとっては、明らかにひとつの大きな不幸なのだ。
もうひとつのアメリカ
ザ・グレートフル・デッドも、あるいは、ジェリー・ガルシアを筆頭にそのグループを構成する人たち全員が、ひとつの時代をかたちづくっている。…
『別冊FMfan』第2号 一九七三年十一月二十日