今日は口数がおおい(その11)|『ロンサム・カウボーイ』と向き合う

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片岡さんの初期の小説に愛着がある人にとってはおそらく忘れがたい『ロンサム・カウボーイ』(晶文社 1975)。片岡さんにとってはじめての連作短編集です。これ以前にもテディ・片岡として何冊かの短編集が出てはいますが、『ロンサム・カウボーイ』は「片岡義男」として小説に目覚めた作家としてのはじめての短編集だと思います

0921_ロンサム

収録されているのは以下の14作品です。
「六杯のブラック・コーヒー」
「拳銃つかいの最後」
「霧の朝はやく、二車線のハードライダーが……」
「ライク・ア・ローリング・ストーンだって?」
「南へむかう貨物列車」
「西テキサスの小さな町」
縛り首の木(ハンギング・ツリー)
ブラドレーのグランプリ
ジョージア州では桃が熟れるころ
胸に輝く星
パッシング・スルー
ロディオ・バム
荒馬に逢いたい
カーニヴァルの女

40年以上も前に出版された本をぱらりと開いてみると、活字の小ささと文字の多さに軽い驚きを感じます。短い「あとがき」があって、それはこんなふうに始まります。

「追い風はホワイト・ブルース、向い風がアメリカン・ソウル。紫の平原が、二車線のハイウエイが、幻の蒼空に逆さうつし。アメリカの西部の主人公カウボーイが、どこまでも持ち歩くロンサムとはなにか。硬すぎる叙情ゆたかに描ききる男の詩。」
 月刊誌『ワンダーランド』(いまの『宝島』の前身)第一巻第一号が刊行されるのにさきがけてつくられた宣伝資料に、連載『ロンサム・カウボーイ』の予告がこんな文章でのっていた。連載は『ワンダーランド』をまっとうし、『宝島』の第一号から第十二号まで予定どおりつづいた。ここにこうして一冊にまとまっているのはその連載のすべてであり、順番は連載どおりであり、文章は、ほんのすこし、ところどころ、なめらかにかえてある。

ここで触れられている連載について、もう少し詳しく記すと、『ワンダーランド』1973年8〜9月号、『宝島』1973年11月号から1974年2月号、1974年7月号から1975年3月号まで、計15回にわたっています。作品数は14ですが、「胸に輝く星」が2回に分割されたために15回分あります。

1974年3月号から6月号の間は連載が中断されています。なぜか。それは角川書店から「野性時代」が創刊されたためでしょう。創刊号の1974年5月号に「白い波の荒野へ」が掲載され、続く6月号には「友よまた逢おう450枚が一挙掲載されています。

ロンサムカウボーイ_imege

「kataokaフォト・ライブラリー」より

『片岡義男 全著作電子化計画』では小説は初出の順番にナンバーがふられています。ナンバー・ワンは「白い波の荒野へ」です。片岡さん自身がこの作品から小説家としてスタートしたと認識しているために、この作品を起点として発表された順に番号をふるようにとの指示がありました。

そういうわけで、002は「友よまた逢おう」、003は「縛り首の木(ハンギング・ツリー)」となっています。『ロンサム・カウボーイ』に収録されているもののうち、「縛り首の木(ハンギング・ツリー)」より前の「六杯のブラック・コーヒー」から「西テキサスの小さな町」の6つの作品は、順番という厳しい論理によって『片岡義男 全著作電子化計画』のラインアップからは外されたのでした。

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とはいえ、『ロンサム・カウボーイ』という単行本がそれ自体の論理を持っているのもまた事実です。「あとがき」の後半を読んでみましょう。

 なんということもない、ごくあたりまえのアメリカの人々が、ごく普通の町なみや風景のなかにいて、日常の生活を送っている。そこへぼく自身を置く。普通の人々が平凡は風景のなかでくりかえしていてる生活を感じとるためだ。そして、そのぼく自身を含めて、その光景ぜんたいを、もうひとりのぼくが、別のパースペクティヴをもって描いていく。こういった、パースペクティヴの移動ないしは転換は、仮設をこえて、感覚のよろこびになりうる。というようなことを『ロンサム・カウボーイ』全十四話のなかでぼくはやってみようとしたのだと、いまやっと気づいたから、まさにあとがきとして、書いておく。

前半の6作品も読んでみたいと思うのが自然です。そうでないと『ロンサム・カウボーイ』という一冊の本にとっては中途半端なままです。作品としてのデビュー作は「白い波の荒野」ですが、一冊の本としてのデビュー作は『ロンサム・カウボーイ』なのですから、収録されている全作品を読めるようにしなければなりません。準備にとりかかっています。

八巻美恵@編集部

2017年9月22日 00:00