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わたしの片岡義男 No.21片岡サポータ Y.H.「Lonesome Cowboy……夢から現実へ」

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【片岡サポータ】Y.H.さんは、東京品川区生まれ。現在は妻と娘、そして愛犬と国立在住。年の離れた姉が二人居たため、1960-70年代の洋楽、外国映画をリアルタイムで体験、外国に憧れを持ち、いつか海外で生活したいという夢があった。大学時代に交換留学でNYに、そして新卒で入社した外資系金融機関でフロリダとシドニーに駐在し夢を実現。9年前に独立し、現在アメリカ人投資家と数社の運営をしながら、世界での活躍を目指すアスリート、レーサー、アーティストのサポートもしている。

 この小説と出会ったのは1970代の終わり、大学に入ってすぐのころだったと記憶している。小学生の時に姉の部屋に貼ってあったイージーライダーの大きなポスターを見て、いつかアメリカ大陸をバイクで走りたいと思っていた想いが、片岡義男氏の小説によって、夢からすでに体験に変わり、その時点で限りなく現実のものになろうとしていた。
 あとは、具現化させるには行動のみ。日本でバイクの免許を取り1ヶ月後には本州最南端の佐田岬に予行演習。一年後、バイトと奨学金で資金を用意し渡米、留学。交換留学生としてNYのカレッジで1年間、現地で語学や土地勘を養い、留学終了時に地元のローカルな新聞で中古のバイクを探し、あとは走るだけ……そうあとは体験するだけ。

 ルートは留学していたNYから一旦北東に走りボストン。ここから南下し以前行ったことのあるフロリダを掠めて北上。コロラドでロッキー山脈を越えモンタナ。再び南下してテキサスやアリゾナ、そしてRoute 66といった片岡義男氏の小説に出てきそうな景色を眺めながら再び北上しカナダのバンクーバー。
 その間、野宿か大学や旅の途中で知り合った人の家に泊めてもらったり。たまにゆっくりバスタブに浸かりたいと安モーテルにも泊まったが、お湯が限りなく泥風呂になったのを思い出す。
 そして最後の南下は西海岸をできるだけ海辺を走ってメキシコのティファナまで行って、最後はLA。3ヶ月にわたって総走行距離2万4千キロ、砂漠で立ち往生したりしたパンクは4回、最後はスプロケットやタイヤのベアリングもボロボロ、LAの街の灯りを見た時には、充実感とともに旅の終わりの寂しさで涙が止まらなかった。

 その後の人生にも大きな影響を与えてくれた、このチャレンジングで素敵な旅のきっかけを作ってくれたのが、片岡義男氏とその初期の作品『ロンサム・カウボーイ』。
 そして今回、この『ロンサム・カウボーイ』の舞台となった場所の写真集が送られてきて、びっくりするやら嬉しいやら。昔の想い出と感動が溢れてきた! 旅から35年以上経つが、いつでもその景色、空気、匂い、そしてその時の情熱を想い出す!

 ちなみに、アメリカ留学している時の愛称は Bobby。もちろん『ボビーに首ったけ』から取った名前。また、『ときには星の下で眠る』をヒントにグランドキャニオンに向かう砂漠の中にあるキャンプ場で、テントから頭だけ出して、満天の星を見ながら眠りについたのは今でも忘れられない青春の思い出の1ページである。

会社経営 Y.H.

編集部より
片岡小説に影響されてバイクを始めた人は多いようですが、アメリカで走った方はあまりいらっしゃいません。とても行動力のある方ですね。
当時アメリカを走ったときの写真をご提供いただきました。エルビスの家の前で守衛さんに撮ってもらったという写真の嬉しい様子が伝わってきます。
今回の一冊 電子版『霧の朝はやく、二車線のハードライダーが……』

『ロンサム・カウボーイ』から、『霧の朝はやく、二車線のハードライダーが……』をご紹介。

『霧の朝はやく、二車線のハードライダーが……』表紙

引き延ばされる恐怖の時間

空間をモーターサイクルでジャンプする
何度も骨折し、入院している。それでも彼は飛ぶ。
飛ぶことが自分自身であるから。

 

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2018年11月29日 00:00

わたしの片岡義男

不定期更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。