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わたしの片岡義男 No.14須田美音「本当にすごかったヨシオさん」

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須田美音(すだ・みお)さんは、講談社・文芸第一出版部の編集者。片岡さんの『ミッキーは谷中で六時三十分』『この冬の私はあの蜜柑だ』(ともに講談社)の担当者でもあります。『この冬の私はあの蜜柑だ』について須田さんにたっぷり語っていただいた内容を、当サイトでお読みいただけます
何の教訓も寓話も潜ませていない

恥ずかしながら、私は数年前まで、片岡さんの作品を読んだことがないどころか、「片岡義男」という名前すら聞いたことがなかった。だから、初めて片岡さんのことを知った日のことは、はっきりと覚えている。

まだ社会人になって3年目くらいの冬、当時『群像』編集部に所属しており、出張で京都に行った。帰りの新幹線に乗るまで時間があり、駅の近くの書店で雑誌売り場を見ていた。学生時代、アメリカ文学を専攻していたこともあって、翻訳家の岸本佐知子さんの大ファンなのだが、その岸本さんが『yom yom』にエッセイを寄稿しているのを見つけた。そのエッセイのタイトルが「すごいよ!! ヨシオさん」だった。

岸本さんは、とにかく「ヨシオさん」が書いた『狙撃者がいる』という短編小説がとんでもなくすばらしい、と熱く綴っていた。子供のときから自分は読書好きだと思っていたのに、そんなにすごい作家の存在を知らなかったことがショックだった。すぐにハヤカワ文庫の片岡義男コレクション『花模様が怖い』を買い、『狙撃者がいる』を読んで度肝を抜かれた。

29歳の独身女性、西本美貴子が日本に帰国し、空港の税関を通っている場面から小説は始まる。ひとり暮らしの部屋に帰り、入浴剤をいれた風呂に入る。彼女が日本海側の町で育ち、東京の体育大学を卒業した後、スポーツ施設のインストラクターとして働き、退職してカリフォルニアに一年間留学していたことが描かれる。そこまで読んだだけでは、東京に何万人もいる女性の一人の描写に過ぎないように感じるが、彼女がアメリカに行ったのは、狙撃の練習をして、銃を手に入れるためであったことが徐々に分かってくる。

彼女はサイレンサーをつけたピストルを使い、「的確な即興性」を持つ通り魔になりたいと考える。すれちがう人を射殺して日常の時間のなかに数秒の「断層や裂け目」を作り出すのだという。理想的な断層のなかには、自分と標的しかあってはいけない、だから目撃されないことが望ましい、とも考える。六月の水曜日の夜、彼女は実行に移す。東京駅から神保町に向かう過程で、四人の男性を撃った。そして、日を変え、場所を変えながら、彼女はピストルで次々に人を撃っていく。読み終わってから数年経っても忘れられないのは、地下の居酒屋から階段を上ってきた三人のサラリーマンを次々に撃つ場面だ。

彼女は美しくおとなしそうな外見のため、日常的に痴漢に狙われてきた経験があった。そして、彼女が射殺したのは、全員が男性だった。でも、片岡さんはこの小説の中に、何の教訓も寓話も潜ませていない。ただ、緊張感が持続し、簡潔で鉱物的な文章が続いていく。こういう小説を読んだことがなかった私は驚いた。すごい作家を知ってしまった、と思った。

それから少しして、『文學界』で片岡さんの小説掲載が始まった。後に『恋愛は小説か』という本にまとまる短編連作だ。『狙撃者がいる』が夜を舞台にした小説だったのに対し、『恋愛は小説か』からは、夏至の日に南中した太陽が照らす昼間のような印象を受けた。太陽がとても高いところにあり、白色に近い日光に照らされて、人の影がくっきり黒く見えるような小説だと思った。

『恋愛は小説か』表紙
『恋愛は小説か』

 昼も夜も見事に表現する作家に会ってみたくなり、当時『文學界』で片岡さんを担当していた鳥嶋さんが高校の先輩だったという幸運を頼り、連絡をとってお会いすることができた。初めて会った日の片岡さんは、ギンガムチェックのシャツを着ていた。

講談社|編集者 須田美音

今回の一冊 電子版『狙撃者がいる』(1994年)

『狙撃者がいる』表紙

誰にも知られることなく起こり
そして終わる

ひとりの女性が狙撃の名手となり、
通り魔として見知らぬ男性たちを撃ち殺していく
狙撃のために見つける時間の裂け目は、
モラルなど軽く超えてしまう

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2018年4月17日 00:00

わたしの片岡義男

不定期更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。