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わたしの片岡義男 No.12高橋茅香子「その人の本は、1冊1冊が島なのだ」

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高橋茅香子(たかはし・ちかこ)さんは、翻訳家。翻訳された本にモニカ・ディケンズ『なんとかしなくちゃ』、アリス・ウォーカー『メリディアン』、アドリエンヌ・リッチ『女から生まれる』、チャンネ・リー『最後の場所で』『空高く』 などがあり、また『英語となかよくなれる本』(文春オンラインで購読可)などの著書があります。
「彼女の林檎」の女性ライダーは、絶対に私

1970年代から80年代にかけて私はほとんど毎日50ccのスクーターに乗っていた。ピカピカの緑色のと、ややマットがかった赤いのと2台のどちらかを、その日の服装の色に合わせて選び、25分くらいの通勤に使っていた。築地の近くまで来ると、信号待ちのとき、四輪車が停まるより少し前にある二輪車用停車線は魚河岸に向かう人達がまたがったオートバイで一杯になる。その間に子どものように挟まって、ヘルメットの下から十分になびくように髪を背中まで長くした私は粋がっていた。職場や周辺の人達にも私のスクーター乗りは認められるようになり、仕事で築地、新橋界隈の料亭に行って泥のはねたスクーターを塀の外に停めておいても、お店の人から許されるようになった。いつか、お金が貯まったらイタリア・ピアッジオ社のベスパに乗ろうと決めていた。

たかがスクーターで粋がる気持ちを支えてくれたのが片岡文学だった。

ホンダ、カワサキ、ヤマハなどが何気なく出てきて、空があって風が吹いている小説はほかにない。初めて読んだのが『彼のオートバイ、彼女の島』だったような気がしているけれども確かではなく、多分そのタイトルから強烈な印象を受けたので、そう思い込んでいるだけかも知れない。昔は書店に行って出会うのが本を買う唯一のきっかけだったので、片岡義男の本は、出会えば必ず買った。作品のなかに描かれる道の正確さ、物の楽しさ、服の綺麗さも好きだった。音楽の選び方が素敵だった。襟ぐりの開き具合が完璧で洗濯してもたるまない白いTシャツなど手に入れるのが難しかった時代にも、片岡文学にはその匂いがあった。こよなく静かな緊張感だった。

数十年前は群馬県の赤城山大沼には幾つかの大学が共有している寮があって、冬にはよくスケートをしにいった。夜中に湖上の氷の上に水を撒いておくと朝にはデコボコの少ない面が出来上がっている。だからエッセイ「彼女の林檎」の中の赤城有料道路でオートバイに乗っていた女性は、絶対に私だった。

そして島。まさに「そして、小さな島へ」。私の居場所を示してくれるかのような文に私は心地よく埋もれる。数々の外国の言葉を学んでは、それを話す人達に触れた気になるのが私の趣味のひとつであり、専攻と呼ぶ言語にインドネシア語を選んだのは、ただ島の多さからだった。もし私が日本人に生まれていなかったら、私の専攻言語はきっと日本語だっただろう。かくのごとくふらふらと漂っている私には片岡文学の1冊1冊が島なのだ。今年は80歳になる今も。

翻訳家 高橋茅香子

今回の一冊 電子版『彼のオートバイ、彼女の島』(1977年)

『彼のオートバイ、彼女の島』表紙

夏と、島と、オートバイ
彼と彼女は限りなく自由だ

エンジンの振動と排気音だけが恋人だと思っていた彼
夏のあの日、風の吹く丘で彼女に会ってしまった
ラヴ・ストーリーが始まり、彼のオートバイは走る
夕なぎの瀬戸の小島の蟬しぐれの浜辺へ

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2018年4月3日 00:00

わたしの片岡義男

毎週火曜日更新。作家、ライター、編集者……さまざまな立場から片岡作品への思いを語っていただきました。読んだことのある作品でも違った面が見えてくるかもしれません。