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制作舞台裏|エッセイ集『珈琲が呼ぶ』――やはり、コーヒーが似合う作家[2]

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 2018年1月17日、光文社より『珈琲が呼ぶ』が発売されました。カラー写真がふんだんに盛り込まれた、コーヒーが主役の書き下ろしエッセイ集です。
 制作の舞台裏をうかがう特集・第7弾では、本書の編集者・篠原恒木(しのはら・つねき)さんに企画のはじまりから校了までの出来事を綴っていただきました。[全3回・連日掲載]

全3回| 123

やはり、どうしても、ぜひ、また、写真を入れたい

 原稿が出来上がっていくにつれ、また僕の悪い癖が頭をもたげてきました。
「ああ、写真や図版を入れたい」
 スノーピークのティタニウム・ダブルウォールのカップが登場する場所に、そのカップのカラー写真を入れたい。京都の喫茶店が掲載された雑誌『あまから手帖』の切り抜きの話が出てきたら、その切り抜きの現物を載せたい。ビートルズ日本公演の二回目のステージを後ろから撮った写真の描写が書かれている、そのそばに、そのものずばりの写真を入れたい。ジョー・ディマジオが「ミスター・コーヒー」と呼ばれていたならば、必ずやその証拠写真、たとえばディマジオがコーヒーを飲んでいる当時の写真は存在するのではないか。若き日のつげ義春さんが有楽町スバル街をモデルにした劇画のひとコマを描いている、というエピソードが記されていたら、そのコマの実物を文章と一緒に見せたい。
 エッセイという、いわば文芸書に、このような写真、図版を載せるのは「邪道」とは思うのですが、絶対楽しくなるとも思いました。以前に片岡さんとご一緒させていただいた『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』で、登場する音楽のドーナツ盤の写真をすべて載せたように。いまにして思えば、あれはかなりの労力でした。でも、今回も物語と絡み合う写真をどうしても載せたい。どんなに手間とお金がかかろうと。
 片岡さんに相談しました。
「いいよ。でも、前回と同じような手はやめような。レコード・ジャケットの写真を載せるのは避けよう。そのほかは任せるよ」
 さて、それからが意外と大変でした。写真がない。特に映画のワン・シーンに出てくるコーヒーの写真がない。あったとしても、版権の壁があり、なかなか許諾がおりない。文章とぴったりフィットするカットがない。それでもなんとか写真や劇画のコマをかき集めました。その大半は片岡さんの意向でカットしましたが……(涙)。しかし、このカットは大正解でした。あまり写真や図版が多いと、本文を読み進めるのに気が散るのです。

片岡さんがノッてきた!

 さて、次は撮り下ろしです。片岡さんは言いました。
「高田馬場の名曲喫茶『らんぶる』の跡地の脇にあった階段は、いまもあるのかな。あったら、ぜひ撮ってほしいな。雨に濡れた階段を」
「そう簡単に雨は降りませんが」
「じょうろを持って行って、水を撒けばいいさ」
 ロケハンに行ったら、バケツが何杯あっても足りません。フォトグラファーの岡田こずえさんは何回も現場に足を運び、ついに雨の日に階段の撮影に成功しました。写真を片岡さんに見せると、
「これだよ、これ」
と満足そうにひとこと。

◆晴天だとイメージに合わないとの理由で、このカットはボツ

 ほっとしたのも束の間、今度は思いもしなかったリクエストが片岡さんの口から出ました。
「映画『珈琲時光』の話を書いたよね。あの章に添える写真はこれじゃないよ」
 僕が入手した映画のスチール写真は喫茶店で登場人物たちがコーヒーを飲んでいるカットでした。
「映画の中で御茶ノ水駅そばの聖橋から、電車が走る光景を撮った場面があるだろ。あれをスチール写真の連続で再現するんだ。あそこから見える路線は総武線各駅停車の上下線、中央線の上下、そして丸の内線の合計六本だ。まず一本も電車が走っていないカット、そして一本目の電車が入ってくる、二本目、三本目、四本目と電車は重なっていく、そしてついには六本の電車が一枚の写真の中にすべて重なって登場する。一枚一枚の写真はすべてページの見開きを使って掲載するんだ」
「贅沢ですね」
 またまた岡田こずえさんの出番です。彼女は持ち前の粘り強さで何日も聖橋にカメラを据え、時間の許す限り、ある日は早朝から日没まで橋の上でファインダーを覗いていました。
 そしてついにカメラに収めた5カットが本に掲載されています。これは「三十分も待っていれば簡単に撮れただろう」という写真ではないのです。

◆フォトグラファーの岡田さんは炎天下、毎日毎日、聖橋に立ち続けました

 このように片岡さんはコーヒーと写真に対して絶妙の「距離」を狙っていました。文章がコーヒーそのものに関してではないように。本にも書かれていますが、せっかく早起きして並んでGETしたバーデン・パウエルの超レア盤『知床旅情』のジャケット写真を見せると、
「これはやめよう。代わりに一世一代のバーデン・パウエルの演奏中の写真を載せよう」
と、ひとこと。悔しいので、ここに載せてしまいます(笑)。

◆これが早朝から並んでめでたく入手したバーデン・パウエルの超レア盤

しょうこりもなく、手作りカンプを

 次は本文と写真の配置を意識したレイアウトです。文章のすぐそばにふさわしい写真を置かないと意味がありません。「カラー折を作って、写真はすべてそこにまとめて載せてしまえ」という本はよくありますが、本文と写真ページが分かれていると、いちいちページを行きつ戻りつしなければならず、けっこうイライラするものです。どうしても文章と写真をシンクロさせたい。さあ、そこでアナログ人間の僕はまたしても鋏と糊を手にして、プリントアウトした本文と写真の紙を切っては貼ってを何回も何回もやり直しながら、どうにか納得できるページ割りを作ることができました。ちなみに片岡さんの初校ゲラ直しは、この僕の手作りカンプに赤を入れていただきました。

◆当初は劇画のコマもたくさん収録するつもりでカンプを手作りしました

 エッセイの各章にコーヒーカップの挿絵を、ほんの遊び心でカンプに貼っていました。
「このイラストは篠原さんが描いたの?」
「違います。花森安治さんの作品です。花森さんの絵が大好きなもので、つい」
と、いうわけで、暮しの手帖社さんにご無理を言って、借用させていただきました。片岡義男と花森安治のコラボレーションは、おそらく今までも、そしてこれからもないでしょう。ささやかな自己満足です。

◆片岡さんが反応した花森安治さんの挿絵。この段階ではまだカンプの状態でした

第3回へつづく
・タイトル底なし沼
・装丁の夜は更けて
・日本一コーヒーが似合う作家
1月17日刊行! 『珈琲が呼ぶ』

珈琲が呼ぶザ・ビートルズ四人のサイン。
珈琲が呼ぶボブ・ディラン。珈琲が呼ぶ玉子サンド。
珈琲が呼ぶ京都・姉小路通。珈琲が呼ぶトム・ウェイツ……。
コーヒーが呼ぶ意外な人物、映画、音楽、コミックス、場所が織りなす物語の数々。
全45篇の書き下ろしエッセイ集。

【単行本】光文社|定価:本体1800円+税|352頁
【電子版】ボイジャー|600円+税

制作舞台裏|vol.1〜vol.6

stories01|寒い日は、炬燵と蜜柑と片岡義男。|『この冬の私はあの蜜柑だ』


stories02 |「私小説」の背後で、レコードは1分間に45回転の速度で回る|『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』


stories03 |再会は、ひとつの言葉だ。|連作小説集『と、彼女は言った』


stories04 |“あの頃”の続きの物語を届けたい|短編集『ジャックはここで飲んでいる』


stories05 |鮮やかな作家の企み|短編集『豆大福と珈琲』


stories06 |書くこと”の根幹へ|『万年筆インク紙』


2018年1月20日 00:00