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bとbとpで「彼ら」を語ってみる

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4月22日、貴重な写真が多数盛り込まれた片岡義男のエッセイ集『彼らを書く』(光文社)が、オール・カラーで発売されます。ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーの映像作品がテーマの書き下ろしです。
片岡義男.comでは、この出版に先駆け4月1日から3週連続で、彼らに関するエッセイをご紹介いたします。


彼らを書く
『彼らを書く』
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▼ザ・ビートルズ | ▼ボブ・ディラン | ▼エルヴィス・プレスリー


▼ザ・ビートルズ関連エッセイ▼

第1回目はザ・ビートルズにまつわるエッセイ。それぞれに熱狂的ファンの多いアーティスト・グループですが、片岡義男もそのひとり、というのはご存じの方も多いでしょう。『彼らを書く』の発売を前に、片岡義男による”bbp”の世界をお楽しみください。

ふたりは一九六六年を思い出す

1)ふたりは一九六六年を思い出す
1966年は何の年だったか、と聞かれ「ああ、それって、ビートルズが東京で来日公演をした年だよ」と、すぐに答えられる人は、もはや少数派かもしれません。「ビートルズ」という、空前絶後の社会現象となった4人の若者を傍らに見ながら、ビートルズと同世代である片岡義男は、彼らとどう関わってきたのでしょうか。「ふたり」と表現される最愛の人とのエピソードから始まるこのエッセイでは、片岡義男が「ビートルズがいた時代」を過ごしてきた時間を、垣間見ることが出来ます。1966年を知らない世代には、うれしい贈り物です。


ビートルズ詩集とはなにか

2)ビートルズ詩集とはなにか
『ビートルズ詩集』は、1973年に角川書店から文庫本上下2巻で刊行されました。片岡義男訳とクレジットされたこの詩集の、43年後に語られた驚愕の(?)事実が、ここには書かれています。近年、翻訳業からは遠ざかっている彼に、今後の翻訳業について聞いたとき、「あれはものすごく大変なんだよ」と、多少うんざりした口調で答えていたのは、ここに書かれている顛末も少なからず影響しているのかもしれません。絶版となったいまも復刊希望が絶えないこの詩集に象徴されるように、翻訳者としての責任がいまもなお彼を追いかけているようです。


ザ・ビートルズから届いた

3)ザ・ビートルズから届いた
片岡義男の手元に、たいそう魅力的な写真が一枚あれば、ストーリーがひとつ生まれます。持って生まれた才なのか、訓練の賜物なのか、あるいはその両方なのか、とにかく彼の頭の中にはひとつ、ストーリーが誕生するようです。その写真があの「素敵な4人」の、それぞれのサイン入り写真なら、魅力としては充分です。充分ですから、すんなりと、まるでそれがたったひとつの正解かのように物語が生まれ、そして完結します。あとは私たち読者が読みたいと思えば、その物語は立体的になり、陰影を伴って、小説として世に出ていくのです。


イマジン、のひと言につきた

4)イマジン、のひと言につきた
ジョン・レノンという人を知っていますか。もしまだよく知らなくて、でもなんとなく気になったのなら、ぜひこのエッセイを読んでみて下さい。「イマジン」という曲がどんな曲か知っていますか。もしまだよく知らなくて、でも世界的に有名でとてもいい歌だし、だからちょっと気になっているというなら、ぜひともこれを読んでみて下さい。ジョンが私たちに向けて、「イマジンせよ」と歌った理由が分かるかもしれません。このエッセイは、「イマジンせよ」を正しく受け取るための、ちょっとした手助けをしてくれます。


▼ボブ・ディラン関連エッセイ▼

「彼ら」に関するエッセイ特集の第2回目は、ボブ・ディランです。世界中が驚いた、2016年のノーベル文学賞受賞もまだ記憶に新しい彼ですが、今年3月には新曲「マーダー・モスト・ファウル」を発表、自作詩を収めた『The Lyrics』の日本語訳(全2冊、岩波書店刊)も発売されました。また、彼の若き日を描く伝記映画もティモシー・シャラメ主演で製作準備に入っているようです。

本来であれば4月8日は大阪でボブ・ディランのライブが行われる予定でした。楽しみにしていた方も多いのではないでしょうか……。先の予定が見通せない昨今ですが、ぜひこちらのエッセイを楽しんでいただければと思います。

『タランチュラ』あとがき

5)『タランチュラ』あとがき
いまから半世紀以上も前の1966年に、ボブ・ディランが小説の形で書いた実験的な散文詩作品『タランチュラ』は、非常に難解な、ある種の奇書として、知る人ぞ知る本だったりします。それを、日本版のためのあとがきとはいえ、あろうことかのっけから「けっしてそのような(難解な)ことはない」と言い切る爽快さと、原書の真の姿を伝えようとする熱の入りかたは、片岡義男ならではでしょう。それゆえ、『タランチュラ』が賛否両論ありなら、このあとがきにも賛否両論あり。でも、いや、だからこそ、片岡義男ファンなら“一読の価値あり”です。


What's he got to say?

6)What’s he got to say?
“What’s he got to say?”とは、マーティン・スコセッシがボブ・ディランを撮ったドキュメンタリー映画『ノー・ディレクション・ホーム』(2005)のなかで、片岡義男の耳にしばしば印象的に飛び込んできたディランの言葉です。歌うことでディランがずっと言い続けてきたのは、メッセージなどではなく「言葉」であり、片岡義男がディランに感じるシンパシーは、まさしくそこにあります。家に帰るための道標などない(=ノー・ディレクション・ホーム)白い波の荒野(=創作の世界)へと漕ぎ出し、いまも進み続けるふたりの共通点が、そこに垣間見えるようです。


▼エルヴィス・プレスリー関連エッセイ▼

3回に渡ってお送りしている「彼ら」についてのエッセイ特集、最終回はエルヴィス・プレスリー(1935-1977)です。プレスリーは「キング・オブ・ロックンロール」とも称される米国のミュージシャンであり映画俳優です。死後40年以上を経てなおその人気は不動であり、ロック・ミュージックの歴史を語る上においてもザ・ビートルズ、ボブ・ディランと共に欠かせない存在です。彼の曲は1950〜60年代を舞台にした映画の中でもしばしば使われており、「プレスリーなんて知らないよ」という若い方でも一度は耳にしたことがあるはずです。
ご紹介する作品のうち、『エルヴィスから始まった』は長編評論ですが、「ロック黄金期を知る多くの人達をして〔稀代の音楽・文化評論〕と言わしめ高く評価される、作家活動初期を代表する作品」(上原陽一氏)とも評されています。この春の連休にぜひお読みください。

彼は二十一歳、ヘア・クリームでなでつけたDAは栗色に輝いていた

7)『彼は二十一歳、ヘア・クリームでなでつけたDAは栗色に輝いていた』
雑誌『ポパイ』1980年11月25日号に、連載のひとつとして掲載されたこのエッセイから、若かりし頃の片岡義男が初めてエルヴィス・プレスリーに邂逅したときの、とてつもなく大きな感銘が読み取れます。それは、エルヴィスが亡くなった1977年の2年後に、ようやく出版された写真集『Elvis ’56』に使用された、まだ何者でもなかったエルヴィスの、数多くの写真に呼び起こされた感銘です。翌81年の5月には、日本版の『エルヴィス、21歳 ~私はひとりの若者を撮った』が出版され、片岡は解説として『エルヴィス、きみがいてとてもよかった』を寄稿しています。


1957年のラブ・ミー・テンダー

8)『1957年のラブ・ミー・テンダー』
1956年、エルヴィス・プレスリーが初めて出た映画『Love Me Tender』がアメリカで公開されました。『やさしく愛して』の邦題で日本でも公開されたのは、その翌年の1957年です。当時、高校3年生だった片岡義男も夢中になって映画を観ています。その後、彼がリアルタイムでエルヴィスが主演した映画を観たのは『ブルー・ハワイ』だけのようですが、『エルヴィス・オン・ステージ』以前の “映画スター・エルヴィス”を総括するには、それで充分なのでしょう。でもそのことが却って、片岡義男にとっての“1956年までのエルヴィス”の存在の大きさを教えてくれます。


エルヴィスから始まった

9)『エルヴィスから始まった』
このタイトルに馴染みがないという人でも、もしかしたら『ぼくはプレスリーが大好き』という題名で知っているかもしれません。『ぼくはプレスリーが大好き』のほうは、時代の雰囲気を纏ったようなタイトルですが、片岡義男自身の意図を汲んで後につけられたのがこのタイトルなのです。1971年に刊行されて以来、版を重ね、文庫化され、出版社を変えて2度復刊され、と絶版になっても何度も復活してきました。作品を読むというより“体験”するような、初期作品でもコアなファンに最も重要とされている評論集です。

■関連ページ
小説『ビートルズを撮った』
小説『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』

2020年4月1日 07:00