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片岡義男が語る、ハワイとサーフィン

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ハワイは日本人にとって人気の海外旅行先のひとつです。2018年のハワイ州政府観光局の統計によると、日本からハワイへの訪問客は約157万人。これはアメリカ本土以外からではもっとも多いそうです。
一方、片岡義男にとってのハワイは単なる海外の観光地ではなく、明治時代に祖父が海を渡って移住した土地でもあり、日系二世の父親が生まれた地でもあります。今月のエッセイ特集は、このようなバックグラウンドを持つ片岡義男によって書かれた、「ハワイ」に関するエッセイをセレクトしてお届けします。


海岸の古びた一軒家で、ソリッドな食事をし煙草を吸わない

1)海岸の古びた一軒家で、ソリッドな食事をし煙草を吸わない
「片岡義男とハワイ」で多くの方が真っ先に思い浮かべるのは「サーフィン」でしょう。本人が小説デビュー作としている『白い波の荒野へ』も、サーフィンとサーフィンの映画を撮る若者たちを描いたものでした。人は何かに魅せられると、そのライフスタイル自体が大きく変わってしまうことがしばしばあります。サーフィンの世界も同様で、そのありようは他者からはまるで修行僧のように見えるかもしれません。そしてまたサーフィン・フィルム(サーフィン映画)も、そのような生活の中から必然的に生まれたもののようです。


誰がいちばん初めに波に乗ったのか

2)誰がいちばん初めに波に乗ったのか
サーフィン自体の起源は実ははっきりとはしておらず、ハワイを含むポリネシア全域で古代から広く普及していたようです。ただ、ハワイではサーフィンは単なる遊びやスポーツではなく、生活の一部でもあり、身分や性別に関係なく等しく万人のものであったと言われています。そんなハワイとサーフィンの古(いにしえ)からの関係を、南太平洋の島々にやってきたヨーロッパ人の記録や史実に加え、想像の羽根を広げて綴ったエッセイです。


あの夏の女たち

3)あの夏の女たち
ハワイでは一年中サーフィンが楽しめますが、一般的に夏の時期には穏やかな波が、冬の時期には高い波が来るそうです。特にオアフ島の北部「ノースショア」と呼ばれる一帯では、その地形から巨大な波が来るポイントがあることでも知られています。このエッセイに登場する「彼女」もそんな波に乗ってきたのでしょうか。


アロハ・シャツと小説の主題

4)アロハ・シャツと小説の主題
ハワイ語の”Aloha”(アロハ)には「好意」「愛情」「慈悲」「優しい気持ち」など複数の意味があるそうです。その言葉を冠した「アロハ・シャツ」の起源については諸説ありますが、19世紀末から20世紀初頭にかけハワイに渡った日本からの移民が、持参の着物を仕立て直したものが最初とも言われているようです。短編小説『アロハ・シャツは嘆いた』では、アロハ・シャツの史実とフィクションを織り交ぜたストーリーを書こうとする男性が登場しますが、それは他ならぬこのエッセイを書いた片岡義男本人なのかもしれません。


昔のハワイという時空間への小さな入口

5)昔のハワイという時空間への小さな入口
このエッセイで取り上げられているデューク・カハナモク(デューク・パオア・カヒヌ・モコエ・フリコホラ・カハナモク、1890〜1968)はハワイ・オアフ島生まれのサーファー、水泳選手であり映画俳優。サーフィンというスポーツをアメリカのみならず世界中に普及させた「近代サーフィンの父」でもあり、ハワイの海洋文化を世界に知らしめた人物としても知られています。ワイキキのクヒオ・ビーチには彼の銅像があり、彼の誕生を記念した「デュークス・オーシャン・フェスト」が毎年8月に開催されています。「銅像は見たことがあるけれど、どんな人か知らない」という方もぜひ読んでみてください。


「あんた、なに食う?」

6)「あんた、なに食う?」
もし、あなたがホノルルの下町で、日系人たちが日常的に利用する安食堂のウエイトレスから「ホワッチュ イート?」(あんた、何食う?)と聞かれたなら、それはつまりロコ・ボーイ(地元の人)と認められた証拠かもしれません。そしてそれは、異文化と触れ合い、理解する第一歩となり得るかもしれません。


ホノルル・ブックストアへ歩くまでに

7)ホノルル・ブックストアへ歩くまでに
米国の作家リチャード・ブローティガン(1935-1984)とその作品については、片岡義男はいくつかのエッセイの中で触れています。『アメリカの鱒釣り』(1967年刊、邦訳は1975年刊)はブローティガン初期の作品ですが、この本にホノルル・ブックストアで初めて出会った瞬間の興奮と感動がこのエッセイには綴られています。最近では本はネット通販で買う、という方も多いかもしれませんが、気になっていた本と、どこで出会い、入手するか、ということも、読書体験のひとつとして案外大事なことなのかもしれません。(関連エッセイ:『ぼくはなぜブローティガンをいちどにぜんぶ読まないか』)


遠い昔の日に

8)遠い昔の日に
エッセイ『誰がいちばん初めに波に乗ったのか』の中に「ハワイでは、サーフィンは、ほんとうに全員のものだった」とありますが、それでもやはり「アリイ」と呼ばれる酋長階級の方が、時間的にも場所的にも平民よりも有利だったようです。酋長たちにとって、サーフィンの技術はもちろん、乗りこなしの優雅さ、大波に立ち向かう勇気などを平民や他の酋長に見せることは、自身の地位を保つためにも重要なことだったようです。そして、サーフボード。現在のように十分な工具がなかったころは、1本の樹を削りサーフボードを作ることが大変な仕事であったであろうことは容易に想像がつきますが、樹の切り倒し時や完成後の祈祷など宗教的な儀式とも結びついていたようです。

このほかにも「ハワイ」に材をとったエッセイはいくつかあります。タグ「ハワイ」で検索してみてください。これまであなたの知らなかったハワイが見えてくるかもしれません。

2020年1月24日 00:00