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川があり、橋があり、ホテルもあった
 僕が十歳だった年、夏の終わりのある日の小さな出来事を、いまでも覚えている。僕宛に葉書が一枚、届いたのだ。現在のよりもひとまわりは小さいサイズの、当時の日本の官製葉書だった。宛名は日本語で書いてあったが、文面は英語だった…
[エッセイ]  2017年8月24日 00:00
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あなたの家の赤い屋根
 一般常識のテストで正解を取るのは、ひとつに固定された理解のしかたを、自分もまたなぞることだ。ほんとうはなにも知らない人にとっての、そう教えられたからそう答えておくという種類の、まったく形式上の出来事だ。そしてその形式の…
[エッセイ]  2017年8月23日 00:00
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純情だったあの頃のリンゴ
 戦後、というと「リンゴの唄」だ。昔の日本人の心のなかで、両者は一本の線で結ばれている。心のなかと言うよりも、いわゆる一般常識のなかでは、と言ったほうが正確かもしれない。「敗戦後のなんにもない虚脱状態の日本人たちの胸に、…
[エッセイ]  2017年8月22日 00:00
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ご飯のおかずが、ご飯
「こうしておいしい料理を次々に食べて、ワインの酔いもほどよくまわってくると、頭のずっと奥の片隅に、気がつくとふと立ち上がっているのは、学生時代の記憶なんですよ。そういう年齢にさしかかってるのかなとも思いますけど、学生時代…
[エッセイ]  2017年8月21日 00:00
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占領とヌードル・スープ
 小さな空き箱がひとつあれば、それを道具にして子供はさまざまな遊びを工夫することが出来る。空き箱ではなくてもいい。なかになにかが入っている箱なら、外側の箱だけではなく、なかにあるものを使っても、子供は遊ぶ。三方の壁に奥行…
[エッセイ]  2017年8月20日 00:00
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去りにし夢、しのぶ面影
〈江利チエミのメモリアル・シリーズ〉というCDが、僕の知るかぎりでは九枚ある。そのなかの『艶歌を歌う』と、ついでに『ラテン、ポップスを歌う』の二枚を、ある日の午後、銀座で僕は買ってみた。江利チエミという名前は、僕だってよ…
[エッセイ]  2017年8月19日 00:00
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ワシントン・ハイツの追憶
 一九五〇年代なかばから持っているジャズのLPを必要があって見直していたら、ラルフ・フラナガンのLPジャケットのなかに、一枚の写真が入っているのを見つけた。週刊誌ほどの大きさの白黒のプリントで、ワシントン・ハイツのおよそ…
[エッセイ]  2017年8月18日 00:00
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日本語の発想による英語
 日本語から英語へ単純に置き換えることの出来ないものの極小例は、「の」は「オヴ」、「から」は「フラム」、というような単語、そして「一杯やりましょうよ」は「レッツ・ドゥ・ワン・カップ」といった片言だろう。日本語世界から英語…
[エッセイ]  2017年8月17日 00:00
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『日米会話手帳』という英語
『日米会話手帳』という出版物について僕が初めて知ったのは、いつのことだっただろう。二十代の前半ではないか、という推測はもっとも妥当だ。それ以前にすでにこの本について知っていた記憶はない。戦後世相史のような記述のなかで、瓦…
[エッセイ]  2017年8月16日 00:00
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拡大にまきこまれた
 水田稲作の村落から始まった、あくまでも個々の現実に則してものごとを考え解決していくという方針は、外から入ってくるもののうち、都合のいいところだけ採り入れてつなぎ合わせていくという、おなじく現実的な方針と合体した。たとえ…
[エッセイ]  2017年8月15日 00:00
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『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)
 一九四五年の七月、日本に対して連合国側から、降伏してはどうかという勧告があった。ポツダム宣言だ。日本の海軍は戦争の終結を望んでいた。陸軍は本土決戦を唱え、首相はポツダム宣言に対して、ただ黙殺するだけだ、という態度を取っ…
[エッセイ]  2017年8月14日 00:00
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『ハナ子さん』一九四三年(昭和十八年)(2)
前回(1)はこちら  隣組とは、昭和十五年に日本国家が制定した、最末端の一般市民組織だ。政府からの伝達を伝え合ったり、生活物資を配給したりするときに機能したそうだ。国民をひとからげに管理しようとした国家の試みのひとつだ。…
[エッセイ]  2017年8月9日 00:00