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飛田の絶望感、これは日本そのものの物語だ
〈書評〉井上理津子著『さいごの色街 飛田』  飛(とび)田(た)は大阪市の西成区にある。地下鉄の動物園前駅を降りて南側の出口を上がり、動物園前一番街という商店街をいくのが、現在では飛田への唯一の道だ。百六十軒ほどの「店」…
[エッセイ]  2018年4月6日 00:00
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「フラッグス オブ アワファーザーズ」
 日本軍の守備隊が守る硫黄島を奪取するため、グリーン・ビーチと自ら名づけた海岸にアメリカの海兵隊が上陸したのは、一九四五年一月十九日のことだった。そして三月十二日、二万二千名もの日本兵のほとんどを戦死させて、アメリカ軍は…
[エッセイ]  2018年2月5日 00:00
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「ワンス・アポナ・タウン」
『ワンス・アポナ・タウン』というノン・フィクションは、二〇〇二年に刊行されたボブ・グリーンの作品だ。次の年にペーパーバックになったのを、僕は今年の春に手に入れた。ワンス・アポナ・タイム(昔々、あるとき)という定型の言いか…
[エッセイ]  2018年1月26日 00:00
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「ヨコタ・オフィサーズ・クラブ」
 アメリカの軍事力を、攻撃力のきわめて高い数多くの基地という、もっとも端的なかたちで国内に持ちながら、戦後の日本は独立し、国際社会へ復帰した。その戦後日本の憲法にうたわれている、戦争の放棄という条項のかわりに、同盟国であ…
[エッセイ]  2018年1月22日 00:00
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昭和二十一年、津々浦々の民主主義
 昭和二十一年九月号の『映画の友』の表紙は、バーバラ・スタンウィックだった。彼女の顔の部分だけを僕が複写したのが、次の写真だ。バーバラ・スタンウィックのポートレートが、日本の雑誌のページにカラー印刷されるのは、久しぶりの…
[エッセイ]  2018年1月12日 00:00
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ピア・アンジェリ、一九五三年
『映画の友』の一九五三年九月号だ。透明なビニールにきっちりと包装され、古書店の棚に納まって確か千円だったと思う。活字びっしりで写真も多く、情報内容のたいそう豊富な様子は、表紙のいちばん上に英語でうたってある、「日本でもっ…
[エッセイ]  2018年1月3日 00:00
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僕がデソートを停めた場所
 デソートという名の自動車が、かつてアメリカにあった。ここにあるのはそのデソートのおそらくは一九三九年あるいは一九四十年の雑誌に掲載された広告の、アートワークの部分だけだ。  どれもみな絵だから、誇張も美化も思いのままだ…
[エッセイ]  2017年12月4日 00:00
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古き佳きアメリカとはなにか
 ここにあるのは一九四一年のフォードの新車の広告だ。当時の雑誌に掲載されたものだが、この頃の雑誌広告の世界では、写真ではなく人が描いた絵が、グラフィックスの中心だった。カラー写真が広告に盛んに使われるようになったのは、戦…
[エッセイ]  2017年11月23日 00:00
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引っ越しという自己点検
 いろんな視点から自分を点検し考察しなおすための、たいへんな好機のひとつは引っ越しではないか。六年前におこなった引っ越しは、僕にとっては確実にそのとおりの機会だった。そのとき点検し考察しなおした自分というものは、それ以後…
[エッセイ]  2017年10月9日 00:00
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幼い頃の自分について語る(1)
1  ぼくは六歳から十四歳くらいまでの期間を、瀬戸内海に面したふたつの町で過ごしました。もうずいぶん以前のことです。どのくらい以前かというと、いまの瀬戸内海は、ある種の文脈では「死の海」などと呼ばれるほどにさまざまに汚染…
[エッセイ]  2017年9月23日 00:00
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ガールの時代の終わりかけ
 僕が新卒の新入社員として、会社というものをかすかに体験した時代は、いつだったのですかという質問に対しては、とりあえず年号を答えればいい。しかし年号は単なる数字だから、その頃を知らない人にとっては、年号などなんの意味も持…
[エッセイ]  2017年9月12日 00:00
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大統領によれば
 二〇〇一年九月十一日の午前九時すぎ、大統領はフロリダ州サラソータのエマ・ブッカー・エレメンタリー・スクールという学校にいた。生徒たちと向き合って椅子にすわっている大統領に、画面の左手からひとりの男性があらわれ、大統領へ…
[エッセイ]  2017年9月11日 00:00