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日米関係は四文字熟語か
二〇〇三年十二月十五日*本文末尾「まえがき」参照  一九四五年八月二十八日。日本を占領する連合国の先遣隊が、厚木の飛行場に到着した日だ。そして三十日、その連合軍の総司令官であったマッカーサー元帥が、おなじく厚木飛行場に降…
[エッセイ]  2016年5月26日 05:30
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瀬戸の潮風、うどんの香り
 岡山県の宇野と四国の高松を結んでいた宇高連絡船に僕が初めて乗ったのは、三十代のちょうどなかばだった。そして最後に乗ったのは、瀬戸大橋が完成して連絡船が廃止されることになる前の年、一九八七年の夏のことだ。三十代なかばから…
[エッセイ]  2016年5月7日 05:30
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そして国家がなくなった
二〇〇四年三月十五日*本文末「まえがき」参照  一九九一年の湾岸戦争のあと、「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」というものが、日本で政治家たちによって作られた。そしてここから出てきたのが、日本は普通の国になる…
[エッセイ]  2016年5月1日 05:30
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一九四五年秋、民主主義の始まり
 仕事の現場で、珍しく、久しぶりに、同世代の男性と知り合った。落ち着いたスーツにネクタイ、やや白髪の紳士だ。見た目での年齢の見当は僕にはつけがたかったが、太平洋戦争に日本が大敗戦した年の四月に、小学校一 年生になったとい…
[エッセイ]  2016年3月6日 05:30
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自然から遠く離れて
 明治時代までの日本人は自然とともにあった。あらゆるかたちの自然を信頼し、必要にして充分に畏れ、自然のなかに自分たちが見つけることの出来るさまざまな恵みに寄り添い、それらと静かに共生し、美しい緊張関係のなかにすべての人が…
[エッセイ]  2016年2月4日 05:30
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爆弾の穴について思う
 畑にできていた爆弾の穴について、いま僕は思っている。日本が太平洋戦争に大敗北する前年の春先から、昭和二十二年の夏の終わりまで、五歳から八歳までの四年間、僕は山口県岩国市の瀬戸内に面した町で過ごした。米軍による爆撃が激し…
[エッセイ]  2015年11月19日 05:30
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