アイキャッチ画像
トリス・バー。バヤリース・オレンジ。バッテンボー
 バッテンボー、という言葉は死語だろうか。老いも若きも、日本じゅうどこへいっても、誰もがこの言葉を口にしていたあの頃、というものがかつて存在した。あの頃がいつ頃だったか、昭和の何年あたりだったのか、資料がないと僕には正確…
[エッセイ]  2020年5月14日 07:00
アイキャッチ画像
砂糖は悲しいものだった
「三歳、四歳、五歳の頃は、家のなかでしょっちゅう迷子になってたのよ。でも、小学校に上がってからは、それがぴたっとなくなったの。それだけ成長したからだろうと思うけれど、そんなに急に成長するものなのかしら」  七歳の僕に友だ…
[エッセイ]  2020年5月13日 07:00
アイキャッチ画像
「四角い食事」とは、なにか
 スクエア・ミールという英語の言葉を日本語に直訳すると、四角い食事、ともなるだろう。一般に市販されている普通の煙草ではない、マリファナ煙草のようなものを総称して、スクエア・ミールと呼んでいた時代があった。いまでもその意味…
[エッセイ]  2020年5月12日 07:00
アイキャッチ画像
あほくさ、と母親は言った
 僕には母親がひとりいる。日常的な日本語では、産みの母、と言われている。英語ではバイオロジカル・マザーと言うようだ。その産みの母は、育ての母、でもあった。あのひとりの女性が僕を産み、僕を育てた。そのことに間違いはない。僕…
[エッセイ]  2020年5月4日 07:00
アイキャッチ画像
僕の父親はDadだった
1  自分のことをDadと呼べ、と父親がはっきりと僕に言ったときのことを、遠い思い出ではあるけれど、いまでも僕は覚えている。戦後すぐのことだった。当時の僕は五歳ないしは六歳で、ちょうど物心がついた年齢だった。  自分の父…
[エッセイ]  2020年4月16日 07:00
アイキャッチ画像
手巻き、という種類の時間
 アメリカにハミルトンという時計会社がある。ここが製造している腕時計にカーキーというシリーズがあり、メカニカル、と文字盤に英文字で表示してある腕時計を、僕は使っている。この夏で三年になる。メカニカルとは、機械式、つまり手…
[エッセイ]  2020年4月14日 07:00
アイキャッチ画像
男性雑誌はアメリカ文化への憧れの教科書だった、という課題
「男性誌はアメリカ文化の教科書だった」という課題をもらった。生徒である僕はこの課題で作文を書かなくてはいけない。生意気な生徒である僕は、課題の文言をほんの少しだけ訂正する。「男性雑誌はアメリカ文化への憧れの教科書だった」…
[エッセイ]  2020年4月13日 07:00
アイキャッチ画像
なぜ、そんな写真を撮るのか
 残暑がついに終わろうとしている、よく晴れた平日の午後、下北沢の喫茶店で僕が落ち合ったのは、ひとりの女性だった。その日の僕は写真を撮ることにきめていた。写真撮影の同行者には、男性よりも女性のほうが、さまざまな点において好…
[エッセイ]  2020年4月6日 07:00
アイキャッチ画像
ウェスト・エンドの都市伝説
 神保町の古書店で僕がアメリカのペイパーバックスを古書で買ったのは、ごくおおざっぱに言って、一九六〇年代の十年間だ。  渋谷から10番、須田町行きの都電に乗ると、やがて神保町に西から入ることは、中学生の頃から知っていた。…
[エッセイ]  2020年3月31日 07:00
アイキャッチ画像
梅雨の日に傘をさして学校へいったら
 東京から山口県の岩国へ、そしてそこから広島県の呉へ。戦後に小学生となった僕は、呉に移ったとき五年生だったと思う。今日からあの小学校へ通うのだと言われた小学校へ、初日はまともにいってクラスの全員に、転校生として紹介された…
[エッセイ]  2020年3月17日 07:00
アイキャッチ画像
言葉のなかだけにある日本をさまよう
 オールタイム、という日本語を文字どおりに解釈するなら、文庫のオールタイム・ベスト10など、とうてい無理だ。勝手に戦後だけに限定しても、戦後の日本で出版された文庫のすべてを所有していて、そのほとんどについてよく知っていな…
[エッセイ]  2020年3月12日 06:28
アイキャッチ画像
酸っぱい酸っぱい黄色い水
 戦後の小学校で僕より学年で一年だけ下だった男性が、小学校で体験した給食について、かつて僕に語ってくれた。彼のそのときの言葉を出来るかぎり思い出し、口調も写しながら、僕が再話してみよう。 「コッペ・パンというものは、給食…
[エッセイ]  2019年12月17日 11:00