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江戸時代に英語の人となる
 戦後の日本は世界各国から原材料を買い、国内で製品を作り、それを世界に売った。しかし世界のどことも、真の関係は出来ていないままだ。この不思議さを、どのように解釈すればいいのか。自分の都合だけを追った結果だ、という解釈はも…
[エッセイ]  2016年6月4日 05:30
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より良き日本語の人
 日本の最たるものはなにかと訊かれたなら、それは日本語です、という答えしかない。日本を日本らしさに満ちた日本そのものに保ち続ける力で最大のものは、日本語という言葉が発揮する力だ。ここで僕が言う日本語とは、戦後五十数年間の…
[エッセイ]  2016年5月30日 05:30
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流域は文明の発祥の地
二〇〇四年二月三日  チグリス・ユーフラテスと片仮名書きされた固有名詞を、僕はいまでも記憶している。学校の世界史の授業で教わった。中学だったと思う。そして教科書の発行元は山川出版ではなかったか。チグリスではなく、当時はテ…
[エッセイ]  2016年5月29日 05:30
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通訳は位置についたか
 早くも十年は前のことになるかと思うが、G5会議の様子が報道されるのを、僕はアメリカのTVニュースで見た。ヨーロッパのどこかでおこなわれた、確かG5の会議だった。荘厳な建物のなかの、もっとも広くて威厳に満ちた部屋に、G5…
[エッセイ]  2016年5月28日 05:30
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広島の真珠
 半年だけと期間を区切って、日本のTV各局のニュース番組を録画で可能なかぎり見た、という体験を僕は持っている。TVを見ない僕にとっては、体験と呼ぶにふさわしい出来事だった。TVという経路ごしに、視聴者という不特定多数に向…
[エッセイ]  2016年5月27日 05:30
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日米関係は四文字熟語か
二〇〇三年十二月十五日*本文末尾「まえがき」参照  一九四五年八月二十八日。日本を占領する連合国の先遣隊が、厚木の飛行場に到着した日だ。そして三十日、その連合軍の総司令官であったマッカーサー元帥が、おなじく厚木飛行場に降…
[エッセイ]  2016年5月26日 05:30
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アパラチアのストラデヴァリアス|エルヴィスから始まった
4 カントリー・ミュージック 〈1〉 アパラチアのストラデヴァリアス  一九二〇年には一億六〇〇万人だったアメリカの人口は、一九三〇年には、一億二三〇〇万人にまで増加した。この一〇年のあいだに、アメリカのなかでは、禁酒法…
[エッセイ]  2016年5月19日 05:30
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戦後日本の転換点
 戦後の日本にとっての最大の安全保障は、安保を軸にした日米軍事同盟の維持、そして近年ではその拡大だと言われてきた。日本と近隣諸国とのあいだの、政治的あるいは経済的その他すべての、ひとまずは安定した関係は、日米同盟という軸…
[エッセイ]  2016年5月15日 05:30
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お母ちゃんという人
 僕にはお母ちゃんがいない。母親を呼ぶときの言葉は、僕の場合、最初から最後まで、お母さんだった。自分のことをお母さんと呼ぶようにと、母親はまだごく幼い僕をしつけたのだ。まだなにもわからないけれど、言葉らしきものはなんとか…
[エッセイ]  2016年5月8日 05:30
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第9条
 僕が小学校の一年生だったとき、「天皇は日本の国のシンボルです」と、先生が教えてくれた。シンボルという言葉を、片仮名で書いて日本語として使うことに、すでに人々のあいだに違和感はまったくなかったようだ。しかし当時の僕にとっ…
[エッセイ]  2016年5月3日 05:30
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日本史のなかの最初の国民投票
二〇〇四年一月六日*本文末「まえがき」参照  二〇〇三年十一月の総選挙で使われた自民党のマニフェストのなかに、次のような項目があった。「結党五十年の二〇〇五年十一月に改正憲法の草案をまとめ、国民的な議論を展開する」。この…
[エッセイ]  2016年5月2日 05:35