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小説

私は彼の私

日々は過ぎ去り、しかし10月は何度でも回帰する。

夏が去れば、次には秋がやってくる。しかし、
季節のうつろいはゆるやかで、いたるところに夏の名残があるだろう。
そのいっぽうで、そんな自然な推移など一切認めない、とばかり
一切の痕跡を残さない、強い意志の下にあらわれる別れがある。
彼女はもういない。彼女の香りは、手がかりはもうどこにもない。
彼女が「私は彼の私」と他人に言うことはもうないだろう。
残されたのは、共に暮した家だけだ。
ただその家の前を、通り過ぎることなら今でも可能だ。

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