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12月8日を忘れないために

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「8月15日は何の日?」と聞かれれば、誰もが「終戦の日」と答えることでしょう。では、12月8日はどうでしょうか? この日は1941(昭和16)年に日本海軍がハワイ・真珠湾のアメリカ太平洋艦隊への奇襲攻撃を行った日です。物事に「終わり」があるなら必ず「始まり」がありますが、最近では真珠湾攻撃のことを知らない若い人が増えているとも言われています。片岡義男のあるエッセイの中にはこんな言葉があります。「どんな事態にせよそれを引き起こした原因つまりコーズと、引き起こされた結果であるエフェクトとが、常に一対になっている」
今回の特集では、この12月8日を起点とし、日米開戦から戦時中の出来事、そしてこの戦争が戦後の日本にどのような「エフェクト」を与えたのかについて触れられたエッセイをセレクトしてご紹介します。


チャタヌーガ・チューチュー

1)「チャタヌーガ・チューチュー」
日本海軍航空隊による、ハワイ・オアフ島のアメリカ軍基地に対する奇襲攻撃(真珠湾攻撃)は、日本時間の1941年12月8日午前3時19分に実行されました。この時、現地時間は午前7時49分。市民の多くはいつもと変わらぬ朝のひとときを過ごしていたことでしょう。そして日常の中に突然現れる非日常……市民が戦争の始まりを知るのは今も昔もこのような形なのかもしれません。


戦争は、写真うつりがいい

2)「戦争は、写真うつりがいい」
第二次大戦中、アメリカ海軍の写真部隊(隊長はエドワード・スタイケン)が撮影した写真を中心に編集された写真集『アメリカ海軍の戦争写真』。戦争自体は、どんな事情があろうと許されるものではありません。しかしこの写真集に収録された戦争の写真は、現実を写し取ったものでありながら、どれも「フォトジェニック」であると片岡義男は述べています。その理由とは?


『ハナ子さん』一九四三年(昭和十八年)

3)『ハナ子さん』一九四三年(昭和十八年)
1942年6月、日本軍はミッドウェー海戦で大敗北を喫し、その後戦局は劣勢へと転換していきます。その翌年に公開された映画『ハナ子さん』(監督:マキノ雅弘)は戦意高揚のためのミュージカル映画でしたが、それでも検閲で多くのシーンがカットされたと言われています。このエッセイでは映画のいくつかのシーンを描写しつつ、正しい情報を国から遮断され、無防備だった戦時中の庶民の日常について考察をします。


姿を隠したままの存在に気づこう

4)「姿を隠したままの存在に気づこう」
1945年は日本人がそれまで持っていた価値観が文字通り180度転換した年でした。『復刻アサヒグラフ昭和二十年』はその1945年当時の『アサヒグラフ』をそのまま復刻したものですが、片岡義男はその中の写真に添えられた「言葉」(コピー)に注目します。そして、その「陰」にある存在を示唆します。


知らなかった東京が浮かび出てくる

5)「知らなかった東京が浮かび出てくる」
写真の持つひとつの機能として「記録」があります。とはいえ現在のSNSにおいては、その記録という意味さえも失わせるようなものがあることも事実です。戦中から戦後にかけて、アメリカ軍は日本で空撮も含む大量の写真を撮影しましたが、その目的や視点は現在とは全く異なるものでした。それらの写真を今見ることで、変わったもの、変わらないものがあらわになることもあります。


ふたとおりの恐怖がやがてひとつになる

6)「ふたとおりの恐怖がやがてひとつになる」
片岡義男は1944年から1953年までの間、東京を離れ祖父の住む疎開先にいました。したがって、ここで紹介している『東京復興写真集』に掲載されている1945〜46年頃の東京は知らないままに子供時代を過ごしていますが、その自身の立ち位置こそをこの写真集を丹念に見る大きな理由として挙げています。そしてその中に立ち上がってきた「ふたとおりの恐怖」とは……。


『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)

7)『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)
映画『東京五人男』(演出:斎藤寅次郎)は横山エンタツ、花菱アチャコ、古川ロッパなど当時の有名コメディアン5人を主役に据え、戦後間もない1946年の正月映画として公開された喜劇です。当時、映画はGHQの指導管理下に置かれており「自由と民主を旨とせよ」とされていました。片岡義男はGHQの管理下で公開されたこの映画について、「ある日を境にして突然に民主主義になった日本の、庶民の次元での民主主義の理解や実践の程度に関する戯画」であり、そこに映し出される生活物資配給のシステムや役人の対応は、今現在の日本の現実でもある、と書いています。


あのときの日本といまのこの日本

8)「あのときの日本といまのこの日本」
アメリカという国の持つ特質のひとつとして「『観念』を『現実』へと転換し、目標達成のため前進する国」という点を片岡義男は挙げます。世界を席巻する、現在のアメリカのIT企業などもまさにその典型ですが、かつての日米戦争における日本本土への空襲、そして広島と長崎への原爆投下もその産物でした。このエッセイでは戦後の日本の民主化改革、東西冷戦、そして2000年代初頭の湾岸戦争まで時間を下りながら、アメリカの「観念を現実にあてはめる」という行為について考察し、それに対する日本の状況についても言及しています。

2019年11月29日 10:00|サイト更新情報