882編公開中。 今を映す手鏡のように
2009年 の一覧
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2017.7.21
虚ろな内側をよく見ておきなさい
縦書き
 ジュリー・ロンドンが歌う「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の歌い出しは、三とおりのマイナー・コードのなかを下降して上昇しそこからふたたび下降するメロディによる、四分の三拍子の四小節だ。そしてそのなかで、Fly me t…
2017.6.13
金魚と散歩だ
縦書き
 梅雨の晴れ間、平日の午後、約束どおりの時間に、僕はその喫茶店の自動ドアを入った。彼女が指定した喫茶店だ。僕もときどきここでコーヒーを飲む。彼女と偶然にここで逢うことが、これまで一度もなかった。そのことについて思いながら…
2017.5.14
母の三原則
縦書き
 あなたのお母さんに関してもっとも印象に残っていることはなにですかと、ごく最近、人に訊かれた。尋問の雰囲気をかすかに感じさせるような、きわめて真面目な質問のしかただった。母親その人のものとして、もっとも強く特徴的だったの…
2017.4.28
今日も小田急線に乗る
縦書き
 小田急線の駅名のなかに「ヶ」という片仮名が六つある。そのうちの四つは花と関係している。その花とは、新宿のほうから順に、梅、百合、そして桜だ。百合はふたつならんでいる。「ノ」と言う片仮名がひとつ。これは片瀬江ノ島だ。「ラ…
2017.3.10
白い縫いぐるみの兎
 一九四五年の二月の後半、五歳の子供だった僕は、両親とともに東京駅から汽車に乗り、途中で一度も乗り換えることなく、東海道線そして山陽本線とたどっていき、山口県の岩国に到着した。汽車のなかで一泊し、合計では二日以上かかった…
2017.1.10
ハワイの田舎町を訪ね歩く
 日本にはないものを買いにハワイへいこうと思う。オアフ島だけでもいいのだが、楽しみを少しだけ拡大させるために、ハワイ島、マウイ島、モロカイ島などへも渡ろう。それらの島々で田舎町を訪ね歩くのだ。昔からある日用雑貨店に入って…
2017.1.1
『草枕』のような旅を
 夏目漱石の『草枕』という小説を、いまになってやっと、僕は読んだ。たしかにやっとだが、読み終えてふた月ほどたついま、少なくとも僕にとっては、この小説を読むための最適な時は現在をおいて他になかった、と思っている。夏目漱石の…
2016.11.15
子猫も呆れるノートブックの貯蔵量
 この子猫はセバスチャンという名の雄猫だ。何年か前、『ここは猫の国』という本を僕は作った。猫を主人公にした何冊もの外国の絵本を紹介した本だ。このときたくさん買った猫の絵本のなかに『セバスチャンの冒険』という作品があり、セ…
2016.11.14
鉛筆を買う、という趣味の始めかた
 自宅にいくつもある万能収納引き出しのなかのひとつに、ステッドラーの鉛筆を二十本ほど見つけた。鉛筆だけではなく、ペンシル・ホルダーつまり補助軸、スティック型の消しゴム、変換スケール、鉛筆削り、芯ホルダー、芯削りなども、い…
2016.11.13
短くなった鉛筆はすべてタリスマンだ
 早くも二十年以上も前のことになるが、四センチあるいはそれ以下になった短い鉛筆を、リーボックのスニーカーの箱にざくざくと持っていた。ときたま取り出しては、眺めたり指先に持ったりしていた。僕なりに感概にひたっていたに違いな…
2016.11.9
オートポイントというアメリ力らしさ
 アメリカ製の文房具が少ないなかで、オートポイントとの再会はうれしいものだった。オートポイントのシャープペンシルのことを、僕は長いあいだすっかり忘れていた。オートポイント。じつに懐かしい名前だ。鉛筆、芯ホルダー、シャープ…
2016.11.8
[ロディアのパッド]
 ロディアのパッドのうち、方眼紙のものすべてをそれぞれ何冊かずつ揃え、大きい順に積み上げてみた。その様子が82ページ〔下〕の写真だ。ロディアの塔、と僕は呼んでいる。いちばん小さいサイズの11番が十何冊かあるので、頂上に向…
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