882編公開中。 今を映す手鏡のように
2005年 の一覧
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2017.7.31
海から見る自分の居場所
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 瀬戸内の海からその港へ入っていくとき、視界に広がる景色というものを、現在の地図を見ながら僕は思い描いている。最近の地図を見ながらだから、思い描く景色は現実にかなり近いものとなっているはずだ。海に突き出た埋め立て地が、港…
2017.7.23
渡り鳥と寿司について
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 一九六一年には大学の三年生だった僕は、その年の夏を房総半島の館山で過ごした。なぜ館山だったのか、いまとなってはなにひとつわからない。当時の僕は房総半島に関しては完全に無知だったはずだ。学校の友人に教えてもらったのかもし…
2017.7.7
カルピスについて思う
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 少なくとも僕の体験のなかでは、カルピスは女性と深く結びついている。カルピスは僕の幼年期から青年期にかけて、女性の一部分であった、という言いかたをしてもいい。カルピスに性別があるなら、それは女性ではないか。  子供の僕が…
2017.6.11
思い出のバブル・ガム
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 アメリカの駄菓子の記憶としていまも僕のなかでもっとも鮮明なのは、リコリスの味と香りだ。リコリスは甘草(かんそう)と日本語では呼ばれている。ルート・ビアをひと口飲んだとき、うへっ、薬臭い、と顔をしかめる人が日本には多いが…
2017.6.10
森永ミルク・キャラメルの箱
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 掌サイズ、という言葉がある。片方の掌に収まる、あるいは片方の掌だけで楽に持てる、というサイズを総称して、掌サイズと呼んでいる。日本におけるこの掌サイズの、じつになんとも言いようがないほどに素晴らしい、しかも普遍に到達し…
2017.5.28
オカズヤのオイナリサン
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 稲荷ずしは子供の頃からよく知っている。好きな食べ物のひとつだ。スティームド・ライスを食する方法として、たいそう好ましいではないか。しかし、子供の頃からずっと、出来不出来はあるにしても、稲荷ずしはどれもみな稲荷ずしでしか…
2017.5.9
アイスキャンディ
縦書き
 アイスキャンディを最初に食べたのはいつだったか。日本という失敗国家が冒した完膚なきまでの大敗戦という失敗の、あの夏ではなかったはずだ。あの夏はあのときすでに峠を越えていたし、アイスキャンディどころではなかったからだ。次…
2017.5.8
マヨネーズが変わった日
縦書き
 ナンシー梅木は本名を梅木美代志といい、一九二九年に小樽で生まれた人だ。占領米軍とのつながりを持った人たちが、戦後の彼女の身辺には何人もいたようだ。彼らを経由してアメリカ兵たちと親しくなり、そこからさらにアメリカ文化へと…
2017.3.29
東京オムライスめぐり
 オムライスを一度だけ食べた記憶がある。昭和二十一年、あるいは二十二年、絵に描いたようなただの子供だった僕は、百貨店の食堂のようなところでオムライスをスプーンで食べた。スプーンが僕の口には大きすぎたことが、オムライス記憶…
2017.3.27
あのトースターの謎を解く
 一九五十年代のなかばに自宅で使っていたトースターを、解けないままに残ったひとつの小さな謎として、いま僕は思い出している。アメリカ製であったことは間違いない。確かサンビームという会社のものだったと思う。本体の両端に底と一…
2017.3.20
大変なときに生まれたね
 推理小説作家の横溝正史さんは、夏を軽井沢の別荘で過ごしていた。確か一九七五年の夏、横溝さんにインタヴューを受けてもらうために、僕は日帰りでその別荘を訪ねた。FM局の二時間番組の進行役、という仕事も当時の僕はこなしていた…
2017.3.17
東京のハードな日々
残暑はとっくに終わっている季節の、しかしひどく暑い晴天の日、水曜日の午後三時すぎ。東京・内神田のたしか二丁目、その名も出世不動という道を、JR神田駅の南口からさらに南へ下がった地点にあるJRの高架下に向けて、僕はひとりで…
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