972編公開中。 今を映す手鏡のように
2005年 の一覧
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2020.6.10
白いプラスティックのフォーク
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 ボール紙の箱の側面に「フォークス」と赤い英文字が内容を明記している。「フォーク」の複数だ。重苦しい書体だが、歴史的には民衆の書体だと僕は思う。その赤い「フォークス」の左右に、三つずつ垂直にある小さな赤い点は、なにだろう…
2020.6.9
昼寝のあとのポッキー
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 いつも使っている私鉄の、普段は降りることのない駅で降りた僕は、きれいに晴れた気持ちの良い午後、駅前商店街をその奥に向けて歩いていた。商店街が終わるあたりの店に、ほんのちょっとした用事があったからだ。  寝具店の前から道…
2020.6.8
小説のなかの食事
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 永井荷風の『濹ぼく東とう綺き譚たん』には妙な導入部がある。導入部と言うか助走路と呼ぶべきか、小説の冒頭にあるべき文章ではなく、ここだけで独立したエッセイとしたほうがいいような部分だ。新潮文庫の七十六刷では、本文が始まる…
2020.6.5
残りご飯のバター炒めと海苔の佃煮
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 一枚の写真が、なんらかのかたちあるいは意味で、物語のなかで重要な役を果たす短編小説をいくつか書き、一冊の本を作ってみたい、といま僕は考えている。物語はみな多様なものになるだろう。どのような物語をどんなふうに構成し、それ…
2020.6.4
マンゴの似合う手
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 平日の夜十時前に、近くのスーパーマーケットでマンゴをひとつ買った。千三百円だった。完璧に熟した、たいへんに美しい、かたちのいいマンゴだった。手に持ったときに僕が得た感触では、今日のうちに食べるといい、という判断がもっと…
2020.6.3
ジェロについて書くとは思わなかった
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 ジェロを覆すものを僕はいまだに知らない。  ジェロについて書こうと思い、どんなふうに書いたらいいか考えていたら、書き出しのワン・センテンスがたいへんに重要だろう、というひとまずの結論を得た。そのワン・センテンスはどうあ…
2020.6.2
ジェリー・ビーンズに紫色がない!
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 ほんのちょっとした玩具のつもりで、ジェリー・ベリーというアメリカのジェリー・ビーンズを買ってみた。写真の被写体として、かつて何度も買った。いろんなふうに撮ってみながら、ひと粒ふた粒は食べたのだが、写真はなかなかうまくい…
2020.6.1
自殺するマヨネーズ
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 日本の企業が作って売り出したヴィニールのチューブ入りのマヨネーズ、というものを初めて手にしたのはいつ頃のことだったか。ある日それは自宅にあった、ということは記憶している。ではそれは、いつ頃だったのか。なんの根拠もなしに…
2020.5.29
マヨネーズ、という一語で終わる本
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 リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』は、デル・ブックスというペーパーバック叢書のローレル・エディションで刊行される以前に、いろんなかたちでいくつかのところに発表された。だからローレル・エディションの初版を持…
2020.5.28
日本におけるマヨネーズ階層
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 英文字で正しく綴られたマヨネーズという言葉を、マヨンナイセと読んでそのとおりに音声にした人を、いまでも僕は覚えている。日本で言うところのローマ字読みにすると、マヨネーズは確かにマヨンナイセだ。マヨンナイセと記憶し、その…
2020.5.27
リアル・マヨネーズの473ミリ・リットル
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 ベストフーズのマヨネーズを久しぶりに買った。ガラスの瓶に入っている。瓶の胴体に紙のラベルが巻いてある。ラベルのデザインに用いてあるこのダーク・ブルーやこの黄色、そして赤と白などには充分に見覚えがある。キャップもダーク・…
2020.5.26
焼き餃子とタンメンの発見
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 焼き餃子とタンメンは、東京・大田区の町工場地帯が発祥の地だと、ごく最近、人から聞いた。その人は戦後の大田区に生まれ、そこで育った人だ。地元の戦後史はよく知っているし、趣味で研究もしている。彼がそう言うからには、彼なりの…
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