972編公開中。 今を映す手鏡のように
2002年 の一覧
2018.1.12
昭和二十一年、津々浦々の民主主義
縦書き
 昭和二十一年九月号の『映画の友』の表紙は、バーバラ・スタンウィックだった。彼女の顔の部分だけを僕が複写したのが、次の写真だ。バーバラ・スタンウィックのポートレートが、日本の雑誌のページにカラー印刷されるのは、久しぶりの…
2018.1.10
結束してこそ我らは建つ。一九四二
縦書き
 ことの善し悪しはまったく別な問題であるとして、アメリカはほとんど常に新しいことを始めている。いつだって新しいことをめざし、新しいことをいくつも同じに始めている。自由と民主が資本主義と不可分にからみ合ったものを、アメリカ…
2018.1.8
この海から向こう側の海まで
縦書き
 いまから六十年ほど前、ヨーロッパではドイツとの戦争にそして太平洋では日本を相手の戦争に向かいつつあった頃のアメリカで、ごく一般的な雑誌に掲載された広告のなかの、アメリカ国土を描いた絵が何点か、ここにある。これはまさに古…
2017.3.21
四歳の子供がそれを見た
       二〇〇二年のひときわ暑かった夏に、三〇〔写真・右〕そして三一ページ〔同左〕*にある光景を、僕は写真に撮った。さかのぼること半世紀以上、一九四四年、僕が東京の目白で四歳の子供だった頃、乳母に手を引か…
2016.12.23
「そいつぁ、いかすぜ」
「いかすぜ」という言いかたが登場したのは、一九五〇年代のなかばだったと思う。当時のひとりの映画スターの個人的な口ぐせのような言葉だったが、ものの見事に時代を反映していたがゆえに、十代後半から二十代前半の、戦後生まれとは言…
2016.12.22
死語と遊ぶひととき
 あるひとつの事柄が過去のものとなって身辺から消え去り、その結果としてその事柄に言及されることはめったにない、という状態になったとき、その事柄を言いあらわす言葉は死語となる。廃語とも言われる。時間が単に経過するだけで、多…