884編公開中。 今を映す手鏡のように
1995年 の一覧
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2017.7.29
LAでは笑うしかない、というLA的な態度
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『アウトレイジャス LA』というタイトルの写真集におさめてある百点のカラー写真を、ひとつひとつ、じっくりと見おわったところだ。LAに生まれてそこに育ったLAネイティヴのジャーナリスト兼写真家のロバート・ランドーが、自分の…
2017.7.26
モノクロームはニューヨークの実力
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 アンドリアス・フェイニンガーが自ら編集した写真集『一九四〇年代のニューヨーク』は、ぼくにとっては一機の非常にすぐれた出来ばえのタイム・マシーンだ。一九四〇年代という時間はとっくに過ぎ去ってもうないし、現在のニューヨーク…
2017.7.25
イースト・サイドの、暑い日の午後の消火栓
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 それほど緊急の用事でもない、という感じでパトロール・カーがくる。歩道に寄ってそのパトロール・カーはとまり、サマータイム・ユニフォームを着た中年の警官がふたり、外に出てくる。ひとりは居心地悪そうにあたりを見まわし、レンチ…
2017.7.9
紙のプールで泳ぐ
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 プールというものは、普通、そのなかに満たしてある水のなかで泳ぐためにある。プールで泳ぐといろんなふうに楽しいことは、すでに多くの人たちがよく知っている。プールで泳ぐと、気持ちよかったり、すこし悲しかったり、心が開いたり…
2017.7.1
少年の頃、写真家は、夏の日を見ていた
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 ジョエル・マイエロヴィッツの新しい写真集を手に入れた。『夏の日』というタイトルの写真集だ。『夏の日』というようなタイトルのもとに、マイエロヴィッツがどのようなカラー写真を見せてくれるのか、大いに期待して、僕はこの写真集…
2017.6.20
『カサブランカ』を観て、読んで、聴いた日
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 幼少の頃からはじまって、小学生、中学生、高校生をへて大学生と、どの段階でも、僕は映画を映画館で観てきた。大人になってからもそうだし、いまでもたまには映画館で観ている。  たまに映画館でも観るけれど、ほとんどの場合は、ヴ…
2017.6.18
ラハイナ
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 深いブルーの空からショッピング・センターのコンクリートの駐車場にむかって、強い陽射しが明るく照りつけている。その駐車場に面して、カフェテリアがあった。建物の片隅を、ふと思いついてカフェテリアにしたような、小さな店だ。店…
2017.4.30
シジミ汁のシジミを数えよう!
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 三等船客のための簡素な日本食の食事に味噌汁がついていた。その味噌汁がもしシジミ汁であったなら、まず、味噌汁の大なべのなかから、シジミだけをしゃくしですくいあげて器に移した。大なべのなかにあるシジミぜんぶを、器に移すのだ…
2017.4.29
憧れのハワイ航路
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「チャイチャイブー」のひと言がなぜぼくにとって衝撃的であったかについて書くまえに、秩父丸に三等客として乗るとどのような感じであったかに関して、明らかにしておかなくてはならない。すべては有機的に複雑に連関している「チャイチ…
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