882編公開中。 今を映す手鏡のように
1980年 の一覧
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2017.10.5
蒼くはない時にむかって
縦書き
『百恵』というタイトルの大きな写真集を、友人がただでくれた。この写真集について、みじかい文章を書いてくれるなら、ただであげるというのだ。ただはいいけれど、気に入らなければなにも書けないかもしれない、とぼくはこたえた。  …
2017.7.11
ミッキーマウス・カントリー
縦書き
 ミッキー・マウスの帽子をぼくはまだ持っている。ずいぶん昔に買った帽子だ。なにしろディズニー・ランドが開園してまだ六年ぐらいしかたっていないころ、ディズニー・ランドのギフト・ショップで買ったのだから。  この帽子は、じつ…
2017.6.3
一九五一年のアメリカの小説
縦書き
 ある雨の日の夕方、ぼくは都心のホテルにいた。ホテルを出るとき、一階のロビーの奥にあるブック・ショップに寄ってみた。これから駅へいって特急列車に乗り、小さな旅をしなければならないところだったので、ペーパーバックを二冊か三…
2017.1.19
林檎の樹の下で
 空から雪が降る。その雪が山につもる。春になって、雪どけがはじまる。雪どけの水は山から谷をくだり、平野の河を流れる。その河の水が農産物を育てる。人間が、その農産物を管理する。  自然と人間の共存、あるいは、自然の片隅を利…
2017.1.16
早稲の田に風はほんとに吹いたか
 高校の三年生になると大学進学に関するさまざまなことが話題になってきていたが、ぼくは大学へいく気などまったくなかった。ぼくは学校の勉強が好きではなく、勉強とはデスクにむかって教科書や参考書にアンダーラインを引くことだと考…
2016.11.26
日本語のお勉強
 ぼくのアメリカ人の友だちのひとりが、いま日本語を勉強している。ときたまぼくが辞書がわりになったり、先生役をつとめたりする。日本語を外国語として勉強している人の、その勉強ぶりを目のあたりに見るのは、きわめて面白い体験だ。…
2016.10.16
荒野に吹く風
 はじめてのときは、アリゾナやニューメキシコの荒野の上空を、飛行機で飛んでしまった。残念なことをしたものだと、いまでも口惜しく思う。  アメリカのまんまんなかはどんな感じだろうかと思い、カンザス州に狙いをつけ、ウイチトー…
2016.8.28
彼女の林檎
 きれいに晴れた、美しい一日だった。赤城有料道路*夏の香りはまだ充分にあるのだが、盛夏のころにくらべるとたとえば空はずいぶん高くなっていて、その高くなったぶんだけ透明さの度合いを高めていた。〔*原文ママ〕  雲は、これも…
2016.8.23
あの夏の女たち
 まずはじめに、彼女の頭が見えた。海の水に濡れた髪が、うなじにはりついていた。すんなりとした首と、ひきしまって無駄のない肩が見えた。それから、胸の三角形の小さな布きれと細いひもの組み合わせでできているビキニ・トップの胸が…
2016.8.19
ステーション・ワゴン
 十六歳の夏に、父親が、三千六百ドルでステーション・ワゴンの新車を買った。  夏休みのある日、父親は、仕事の用で、大陸の東側へ、飛行機でいった。  父親の部屋に入り、ロールトップ・デスクのうえを見ると、キーがひとつ、キー…
2016.8.3
小さな島にいると自分がよくわかる、という話
 ぼくにとっての小さな島の魅力は、「南」とか「夏」とかの魅力と、不可分に一体となっている。ぼくが大好きな島は、南の島かあるいは夏の島なのだ。真夏でもなお肌寒い北の海の島はまだ体験がないから、好きだかどうだかわからない。 …
2016.7.1
七月一日、朝、快晴。円満退社
 ぼくが大学を出て就職したころのことについて、すこし書いてみよう。記憶があいまいになっている部分があるかもしれないが、できるだけ正確に書くつもりだ。  大学四年の五月、六月にかけて、つまり夏休みに入るずっと以前に、おなじ…
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