972編公開中。 今を映す手鏡のように
CD の一覧
2020.7.2
風がそこに吹いている
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1  そこにいるのは自分ひとりだけという他に人のいない状態を寂しいと言うなら、それはlonesomeだよと、英語で説明されたのは、僕が六歳くらいのときだ。この説明を聞いてlonesomeはよくわかったが、自分では使うこと…
2020.7.1
僕はチャーリー・ブラウンなのだから
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 僕が『ピーナッツ』を読み始めたのは、一九五六年ないしは一九五七年のことだった。どちらの年だったにせよ、信じられないことに、その僕は世田谷区で高校生だった。父親の仕事の関係で、自宅にはアメリカの新聞がいつも何種類もあった…
2020.6.30
TVの記憶をふたつ
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 当時の僕の仕事場はたいそう快適だった。東の端にあった階段を二階へ上がり、まっすぐの廊下を西へ向けて歩いていき、突き当たりにあった和室を抜けると、二十畳ほどの広さの人工芝のヴェランダだった。このヴェランダの南西の角に、温…
2020.5.14
トリス・バー。バヤリース・オレンジ。バッテンボー
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 バッテンボー、という言葉は死語だろうか。老いも若きも、日本じゅうどこへいっても、誰もがこの言葉を口にしていたあの頃、というものがかつて存在した。あの頃がいつ頃だったか、昭和の何年あたりだったのか、資料がないと僕には正確…
2020.4.30
南日本新聞のあれやこれや
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僕におけるもっともらしさ  かつて南米のペルーから日本へ数多くの男性たちが仕事をしに来ていた。彼らの姿をいまはまったく見ない。日本の失われた二十年の始まりとともに彼らも帰国し始めたなら、彼らが日本を去り始めてすでに二十年…
2020.4.15
チェックアウトはいつでも出来る
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 一九七一年にリンダ・ロンシュタットのバンドとして彼女とツアーに出ていたとき、自分たちのバンドを作ろうではないか、という意見で四人はまとまった。グレン・フライ。ドン・ヘンリー。バーニー・リードン。ランディ・マイズナー。マ…
2020.2.21
長いつきあいはまだ続く
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「ピーナッツ」のコミック・ストリップを最初に読んだのは、まだ子供だった頃だ。父親の仕事の関係で、アメリカの新聞や雑誌、そして書籍が、雑多に大量に、いつも自宅にあった。そのような新聞で見かけて、ふと読んでみた。ひょっとした…
2018.1.26
「ワンス・アポナ・タウン」
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『ワンス・アポナ・タウン』というノン・フィクションは、二〇〇二年に刊行されたボブ・グリーンの作品だ。次の年にペーパーバックになったのを、僕は今年の春に手に入れた。ワンス・アポナ・タイム(昔々、あるとき)という定型の言いか…
2016.3.8
タクシーで聴いた歌
 春まだ浅い、という言いかたがほとんどあてはまらない、冬の終りに近い温い日の夜、十時前後、僕は東京でひとりタクシーに乗って走っていた。中波のラジオがかかっていた。聴取者が葉書で歌をリクエストする短い番組がやがてはじまった…
2015.11.7
人にあらざる人
 秋のある日、僕はヘッドフォーン・ステレオをひとつ買った。いま買うことの出来る全商品が展示してある店の棚のまえで、ひとつひとつ見くらべながら、添えてある丁寧な能書きを読んでいくと、ひとつを選ぶまでに一時間ほどかかった。 …