884編公開中。 今を映す手鏡のように
の一覧
2017.6.17
蛇の目をさして歩ける道はないか
縦書き
 蛇の目が、三本。どれもみな、いくたびに、京都で買った。買ったまま、使わない。ふさわしいチャンスがない。手に持った感じは、とてもいい。匂いもいい。開いていき、開ききってストッパーがかかるときの音も、いいものだ。そして、開…
2017.6.6
道路の小説を書きたい
縦書き
 ぼくは日本の地形と気候が好きだ。地形も気候も、ともに独特であり、このふたつが重なりあった日本は、興味がつきない。  この小さな列島は、亜寒帯から亜熱帯にまで、わざわざまたがるのを意図したかのように、細長い。複雑な海岸線…
2017.5.1
風景のなかにむき出しでほうり出されて
縦書き
 ロード・マップに印刷された道路をぼんやりとながめているだけで、かつて体験した旅を、次から次へと、思い出す。  高速の長距離バスで走りぬけてしまうなんて、ほんとによくない。どうしてもバスをつかうなら、町へ着くたびに降りて…
2016.6.26
トリップ・カウンター・ブルースだってよ
  1  エンジンをかけるため、路面が硬くて平坦なところへ、バイクを押し出していく。サイドスタンドをあげたとたんに、バイクの重さを全身に感じる。すさまじい重さだ。  かすかなダウングレードを、うしろむきに降りていく。生ゴ…
2016.4.20
道路への関心と小説
 『佐多への道』という本を何年かまえに僕は英語で読んだ。アラン・ブースというイギリスの人が、北海道の宗谷岬から九州の佐多岬まで、出来るだけ都市化されていない田舎の部分を選んで、ひとりで歩きとおした紀行文だ。歩くということ…
2016.3.16
深夜の地獄めぐり
 深夜の東京の、主として高速道路をオートバイで走りまわることを、彼は地獄めぐりと呼んでいる。なぜ、深夜に、地獄をめぐるのか。  彼の言い草は、こうだった。 「夜中なら道路に車がつかえてないから、事故のとき救急車も早く来て…
2016.3.9
オン・ロード
 道路は、たしかに、きわめて日常的で陳腐な光景だ。  だが、ひとたびオートバイにまたがって走れば、魔法のサーキットになる。  道路がただ道路でしかない人に、魔法のサーキットについていくら語っても、らちはあかない。  しか…
2015.11.6
道という道をぜんぶ
 いつごろから思いはじめたことなのか、自分自身でもはっきりしないのだが、かねてよりぼくとしてはかなり執着して考えつづけていることのひとつに、日本じゅうの道路という道路をすべて体験してみたい、というおかしな願望がある。  …