882編公開中。 今を映す手鏡のように
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2017.7.24
夏の陽ざしとモノクロームの街
縦書き
 白と黒、そしてその中間にある無限階調、つまりさまざまな灰色だけで出来ている街というものを、夏の光のなかで夢想するのは楽しいものだ。白黒のフィルムで撮影するなら、どこのどのような街も、モノクロームの街になる。しかしそれは…
2017.7.20
日本のMの字 その2
縦書き
 ここにもあのMの字がある、と思って撮ったのではない。グラフィックな面白さに惹かれて撮った。ただそれだけのことだ。しかしその二点をこうして左右のページに配置したのち、あらためて観察すると、東京の景観のなかに点在するディテ…
2017.4.25
人生階段のぼり降り
縦書き
 東京の階段は写真の被写体になり得る。いろんな写真を撮ることが出来る。なぜ誰も撮らないのだろうか。東京で過ごした人生の、現実と自分との折り合いの収支決算は多少の赤字だがそれはまあいい、というような写真の主役として、階段は…
2017.4.24
日本のMの字
縦書き
     三八ページ*〔写真・右〕と三九ページ〔左〕の、どちらの写真においても、撮っているときにはまったく意識しなかったのが、安価なハンバーガーの店のMというローマ字のロゴだった。このMの字が、いまの日本のこのような光景…
2016.10.23
表現された秋、という荒野を歩いてみた
 いつから秋なのだろうか。秋はいつから、始まるのか。  俳句歳時記を、僕は見てみた。  「立秋(多くは8月8日)から立冬(多くは11月8日)の前日までが秋になる」  とあっさり書いてあった。  ついでに俳句歳時記のあちら…
2016.10.11
謎の核心
 東京を外国人むけに案内したり解明したりするための、英語による本がたくさん出版されている。東京ではじめて生活する外国人のための日常生活手引きから、東京という謎の核心にせまろうとするものまで、内容やアプローチはさまざまだ。…
2016.7.17
東京の隙間を生きる
 東京に生まれた僕は四、五歳くらいまでそこで育った。それから十年近く東京を離れたあと、戻って来てから現在まで、ずっと東京にいる。故郷はどこですかと訊かれたら、東京ですと答える。そこしかないという意味もあるが、東京をなんと…
2016.4.13
植草さんの日記に注釈をつける
『植草甚一スクラップブック』というタイトルで、かつて植草さんの全集が刊行された。一九七〇年代のなかば過ぎから、ある期間にわたって毎月一冊ずつ、刊行されていたような記憶がある。毎月、本のなかに月報がついていた。本とは独立し…
2016.2.25
町にまだレコード店があった頃(2)
 海原千里・万里のLPも残っていた。名前にひかれるところもあるが、十二曲のうち八曲までがいわゆる大阪ものであることから、僕はこのLPを買ったのだ、といま僕は推測する。大阪ものへの興味は、フランク永井に触発された。「大阪ぐ…
2016.2.24
町にまだレコード店があった頃(1)
 町にまだレコード店があった頃、そしてそれらのレコード店でLPをしきりに買っていた頃、僕はときどき歌謡曲のLPも買った。かつて全音の『歌謡曲全集』で見つけて気に入ったいくつもの歌のタイトルを、僕は記憶していた。レコード店…
2016.2.23
交差点の青信号を待ちながら
交差点の横断歩道の信号は赤だった。青に変わるのを待つために僕は立ちどまった。歩くために脚を動かしていたことによって、僕の体内にはエネルギーが撹拌されていた。急に立ちどまったからそのエネルギーは行き場を失い、頭へと上がった…
2016.2.21
スター軍曹が降ってくる
 ある日の午後、すずらん通りにある二階の店から、僕はひとりで階段を降りてくる。手ぶらだ。探しているものは、この店にはなかった。では別の店へいこう。別の店への道順はさまざまにあり得る。その日の僕はすずらん通りの東の端まで歩…
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