981編公開中。 今を映す手鏡のように
編集者 の一覧
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2020.9.11
御八つ、お三時、三時ですよ
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 こうしてスパゲッティ・ナポリタンを初めて体験してからの僕が、なにかと言えば店でナポリタンを食べる子供になったかというと、そんなことはなかった。ナポリタンを作ってくれるよう、母親に頼む子供にもならなかった。なぜなら、この…
2020.6.15
ビートルズ詩集とはなにか
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 久しぶりに会う友人の編集者は、僕が知っているとおりの彼だった。雰囲気、身のこなし、表情、そして笑顔や言葉など、なにひとつ変わらず、そのことは僕をうれしい気持ちにさせた。彼と落ち合ったのが経堂駅のすぐ近くにある素晴らしい…
2020.6.12
読売新聞、金曜日夕刊
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1  義  自分の名前にある義という字について。男のこが生まれたらヨシオにしよう、と父親は考えていたが、彼は漢字のまったく書けない日系二世で、音声としてのヨシオを好いていただけだ。漢字をみつくろったのは母親だ。ヨシオのヨ…
2018.2.16
ひき続きダン・J・マーロウを読む
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 今回はまず写真について説明しておこう。横にならんでいる三冊のペーパーバックのうち左端にあるのは、僕にとっての最初のダン・マーロウとなった、『死を賭けて』の一九六二年に刊行された初版だ。かつて僕はこれを持っていたし、読み…
2018.2.9
「イン・コールド・ブラッド」
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トゥルーマン・カポーティに関して僕は晩生(おくて)だった。二十歳のときに『ア・クリスマス・メモリー』という短編を読み、これはすごい、という強い感銘を受けたのだが、「これ」とはなにか、「すごい」とはどういうことなのか、とい…
2017.8.26
近未来を書きませんか
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 八月をあと十日残す、雨のような薄曇りのような日の午後、下北沢の喫茶店で二十代の編集者と会った。コーヒーと打ち合わせのひとときは気象の話から始まった。日本のとびきり暑い夏を体験しようとした彼がお盆休みに出かけた日本海側の…
2017.8.11
『ニューヨーカー』の表紙に描かれた、ある年の夏
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 一九八六年の夏、僕が新聞であの写真を見たのは、八月十一日だった。海水浴場として昔からよく知られている海岸が、人でびっしりと埋まっている様子を、「本社機」とか「自社ヘリコプター」とかを使って空中から撮影した、およそなんの…
2017.5.21
『彼のオートバイ、彼女の島』
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 これが文庫本になったのは一九八〇年のことだ。それ以前に単行本で出ていた時期が、三年はあったのではないか。そしてそれは『野性時代』に連載したものだ。とすると、書いたのは一九七五、六年だったということになる。単行本で出たと…
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