884編公開中。 今を映す手鏡のように
の一覧
2017.4.12
明日もたどる家路
縦書き
何点かの写真を連続させてひとつのフィクションを作ることが出来る。ここにある十六点の写真〔ページ末参〕は、1から16まで連続させることによって、家路というフィクションになっている。自宅の最寄り駅を出て駅周辺の商店街を抜けて…
2017.3.23
赤い矢印文化圏
 東京のどこを歩いても、とにかくいたるところに赤い矢印がある事実を認識している人は、思いのほか少ないのではないか。数は多いしどこにでもある、そして多数の赤い矢印がどこにでもあることが当然のようになってもいるから、視覚では…
2017.3.21
四歳の子供がそれを見た
       二〇〇二年のひときわ暑かった夏に、三〇〔写真・右〕そして三一ページ〔同左〕*にある光景を、僕は写真に撮った。さかのぼること半世紀以上、一九四四年、僕が東京の目白で四歳の子供だった頃、乳母に手を引か…
2017.3.16
豆腐屋はいまもまだある
子供の頃から三十年近くにわたって住んだ世田谷のその一角には、いつも利用する私鉄の駅を中心にして商店街があった。一日のどの時間でも人がたくさん歩いている、賑わいのあるいい商店街だった。一九七十年代のなかばあたりまでは、この…
2016.4.13
植草さんの日記に注釈をつける
『植草甚一スクラップブック』というタイトルで、かつて植草さんの全集が刊行された。一九七〇年代のなかば過ぎから、ある期間にわたって毎月一冊ずつ、刊行されていたような記憶がある。毎月、本のなかに月報がついていた。本とは独立し…
2016.2.26
町にまだレコード店があった頃(3)
 中古のレコードを骨董市のようなところで買う体験を一度だけしてみたい、と僕はかねてより思っていた。僕はコレクターではないし、掘り出し物との遭遇に情熱を注ぐタイプでもない。だから体験は一度でいい。川越の成田山別院というお寺…
2016.2.24
町にまだレコード店があった頃(1)
 町にまだレコード店があった頃、そしてそれらのレコード店でLPをしきりに買っていた頃、僕はときどき歌謡曲のLPも買った。かつて全音の『歌謡曲全集』で見つけて気に入ったいくつもの歌のタイトルを、僕は記憶していた。レコード店…