884編公開中。 今を映す手鏡のように
片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』 の一覧
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2017.9.21
波の上を歩いた姉
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 十五歳の夏の終わりに、姉は日本からカリフォルニアへ帰った。僕はハワイへ戻った。島はおなじだが、もとの家ではなく、新しい家だった。僕はまだ十歳になるまえだった。感謝祭が近くなった頃、姉はカリフォルニアからその家へ来た。姉…
2017.7.28
アイランド・バウンド
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 その島は、上空から見ると、ジェリー・ビーンズのようなかたちをしている。太目になりかけた三日月の、上下両端のとがった部分を丸くしたかたちだ。  小さな島だ。青い海のうえの、濃い緑色の三日月だ。環礁の一部分だから島の周囲を…
2017.7.16
「あんた、なに食う?」
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 ホノルルの下町の、日系人たちが主として日常的に利用する安食堂の雰囲気を言葉で描写するのはなかなかむずかしい。安食堂という言葉は、けっして悪い意味ではない。そのような場所でのそのような食堂は、「安食堂」以外ではありえない…
2017.6.18
ラハイナ
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 深いブルーの空からショッピング・センターのコンクリートの駐車場にむかって、強い陽射しが明るく照りつけている。その駐車場に面して、カフェテリアがあった。建物の片隅を、ふと思いついてカフェテリアにしたような、小さな店だ。店…
2017.2.25
移民の子の旅 ホノルル、一八六八年
 夜明けと共にワイアナエとコオラウの山なみの頂きに雨雲がとまりはじめた。空が白んでいくと、雨が来た。大粒の重い雨だった。草ぶきの屋根を叩き、板張りの小屋の壁を横なぐりにし、樹の葉にひっきりなしに当たっては、はじけた。たく…
2017.1.9
僕にとっての個人的なスタンダード
 いまから百年前、おそらくまだ青年の名残をとどめていた年齢の頃、僕の祖父はハワイへ渡った。僕の父親はハワイで生まれてそこで育ち、カリフォルニアその他で成長の仕上げをした。ハワイとアメリカの日系人社会が、幼い頃から僕の身辺…
2017.1.7
波乗りとは、最終的には、心の状態だ
 ヨーロッパ文明と接触する以前の、大昔のハワイ人たちは、文字を持っていなかった。だから、すべてのことが、喋る言葉によって、伝えられていった。  ハワイ諸島の創世伝説とか、昔のキングに関する記録のような言い伝えとか、さまざ…
2017.1.6
アロハ・シャツの歴史を旅する
 いまから十二年くらい前、アロハ・シャツの起源とその後の展開、つまりアロハ・シャツの歴史に関して、ぼくはハワイで調べたことがある。ふと思いつき、面白そうだったのでちょっとやってみたのだ。人を訪ねまわることはせずに、図書館…
2017.1.5
どこにもないハワイへの行きかた
 ハワイが島ではなくなっていく、とぼくが、ある日、自覚する。その自覚を土台として、センチメンタルな感情のたかまりが、おこってくる。まだ島としての香りや感情の残っている部分を、なくなってしまわないうちに、まるで落葉をひろい…
2017.1.4
ハネムーナーズ・カクテル
 広い庭の隅に車を斜めにとめ、ぼくは車の外に出た。庭に面したテラスのデッキ・チェアにすわって彼は新聞を読んでいた。新聞をひざにおろし、片手で銀縁の眼鏡をはずし、彼はぼくのほうに顔をむけた。  しわの深くきざまれた、陽に焼…
2017.1.2
貝がら売りの泣きむし男
 昔、プロペラ機で飛行場に着陸すると、すぐに、機内に、ハワイの香りをいっぱいにはらんだ空気が流れこんできたものだった。スチュワデスのアナウンスメントの最後につける「アローハ」のひと言も、雰囲気や抑揚が、本物のハワイ語だっ…
2016.12.30
ヒロの一本椰子
 昔のハワイ人たちは森林をおそれていた。メネフネなど、不思議な生き物が森のなかにたくさん住んでいるのだと信じていて、そのため、たとえば森のなかに住居をつくったりはせず、海岸の水ぎわの、森のないあたりに小屋を建てて住んでい…
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