949編公開中。 今を映す手鏡のように
父親 の一覧
2020.5.18
父親に間違えられた僕
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 いまから三十年以上前、僕は僕の父親に間違えられたことがある。僕を僕の父親だと思った人がいたのだ。  ラハイナ・ショッピング・センターの奥のほうに、いまはもうないかと思うが、かつては小さな食堂があった。建物の一角にあるそ…
2020.5.4
あほくさ、と母親は言った
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 僕には母親がひとりいる。日常的な日本語では、産みの母、と言われている。英語ではバイオロジカル・マザーと言うようだ。その産みの母は、育ての母、でもあった。あのひとりの女性が僕を産み、僕を育てた。そのことに間違いはない。僕…
2020.4.30
南日本新聞のあれやこれや
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僕におけるもっともらしさ  かつて南米のペルーから日本へ数多くの男性たちが仕事をしに来ていた。彼らの姿をいまはまったく見ない。日本の失われた二十年の始まりとともに彼らも帰国し始めたなら、彼らが日本を去り始めてすでに二十年…
2020.4.16
僕の父親はDadだった
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1  自分のことをDadと呼べ、と父親がはっきりと僕に言ったときのことを、遠い思い出ではあるけれど、いまでも僕は覚えている。戦後すぐのことだった。当時の僕は五歳ないしは六歳で、ちょうど物心がついた年齢だった。  自分の父…
2016.10.3
大統領を鑑賞する
 アメリカのTVニュースを見ていて接することの出来るレーガン大統領、あるいは彼のイメージについて、書いてみよう。  ある種の強い魅力が、彼にはかつてあったことは確かだ。父親的な魅力だろうか。父親そのものではなく、もっとも…
2016.8.24
昔のハワイという時空間への小さな入口
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 ワイキキのクヒオ・ビーチに、デューク・カハナモクの等身大を超える大きさの銅像が、いまでも立っているはずだ。デュークについて少しでも知っていれば、その銅像を見て多少の感銘を受けるかもしれない。ビショップ博物館へいくと、昔…
2016.8.19
ステーション・ワゴン
 十六歳の夏に、父親が、三千六百ドルでステーション・ワゴンの新車を買った。  夏休みのある日、父親は、仕事の用で、大陸の東側へ、飛行機でいった。  父親の部屋に入り、ロールトップ・デスクのうえを見ると、キーがひとつ、キー…
2015.11.18
僕たちのはじめての海
 ハワイにいるときの彼は、オアフ島の北側、サンセット・ビーチのすぐかたわらにあった木造二階建ての古い家に住んでいた。その家へ僕は何度も遊びにいった。泊めてもらったことも一度や二度ではない。彼がほかの場所にいるときには、自…