972編公開中。 今を映す手鏡のように
瀬戸内 の一覧
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2020.5.4
あほくさ、と母親は言った
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 僕には母親がひとりいる。日常的な日本語では、産みの母、と言われている。英語ではバイオロジカル・マザーと言うようだ。その産みの母は、育ての母、でもあった。あのひとりの女性が僕を産み、僕を育てた。そのことに間違いはない。僕…
2020.4.29
そうか、きみは島へ帰るのか
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 ハワイから日本へ戻ることにきめた数日後、親しい日系の二世の男性が、So. You are going back to your island.と、僕に言った。そうか、きみは島へ帰るのか、というような意味だ。日本が島だと…
2020.4.21
あの道がそう言った
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白く輝く雲へ  まだ梅雨だがその日は、梅雨明けの初日のように、素晴らしい晴天だった。小田急線の上りひと駅の下北沢で井の頭線に乗り換えて渋谷へ。朝のラッシュアワーの地下鉄銀座線浅草行きのプラットフォームでは、人々が三列にな…
2019.12.17
銀の鱗に陽ざしを受けて
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 銀鱗煮干し、というものを七百グラム、いま僕は片手に持っている。ポリエチレンの透明な袋に入っている。銀鱗とは魚の鱗のことだ。そこから意味は広がって、魚ぜんたいをも意味する。いま僕が片手に持っている銀鱗は、片口鰯だ。片口鰯…
2019.7.19
僕の国は畑に出来た穴だった 3
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前回(2) この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──ペシミズムを越えようとしていいのか」 に収録されたものです。 3  幼い僕が初めて自分の国というものに気づいたら、その国は戦争をしていた。戦争をしていたという言…
2019.7.19
僕の国は畑に出来た穴だった 2
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前回(1) この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──ペシミズムを越えようとしていいのか」 に収録されたものです。 2  まだごく幼い僕がふと気づいたら、日本つまり自分の国は勝つはずのない戦争をしていた。勝つはずの…
2019.7.19
僕の国は畑に出来た穴だった 1
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この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──ペシミズムを越えようとしていいのか」 に収録されたものです。 1  僕はいま一枚の写真を見ている。八十センチ四方ほどの大きさにプリントされた、黒白の航空写真だ。ニメートルほ…
2017.7.31
海から見る自分の居場所
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 瀬戸内の海からその港へ入っていくとき、視界に広がる景色というものを、現在の地図を見ながら僕は思い描いている。最近の地図を見ながらだから、思い描く景色は現実にかなり近いものとなっているはずだ。海に突き出た埋め立て地が、港…
2017.5.27
トマト、胡瓜、豆ご飯、薩摩芋
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 自分のところの畑の一角には夏にはトマトが実った。海へいく途中でその畑の近くをとおるなら、寄り道をしてそこへいき、トマトを三つ四つもいで海へ持っていった。熟れる前の緑色の不思議な球体が、半分以上は赤くなっているトマトだっ…
2017.5.6
生まれてはじめての旅
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 ぼくは東京生まれだが、子供の頃の十年ほどを、山口県の岩国(いわくに)、そして広島県の呉(くれ)で、過ごした体験を持っている。  目のまえには、あの独特な瀬戸内海、そしてすぐうしろには、おだやかな中国山脈があり、気候は温…
2016.10.26
自分のことをワシと呼んだか
 四歳から十二歳までを、僕は瀬戸内で過ごした。山口県の岩国と、広島県の呉というところに、ほぼ四年ずつ。どちらの地方の言葉も、自分は地元の人たちとおなじように使えたし使っていたはずだと、長いあいだ僕は思ってきた。  岩国の…
2016.9.4
蟹に指をはさまれた
 四歳のときに僕は東京から瀬戸内へ移った。初めに住んだのは祖父が作った大きな家だった。二階からは目の前に瀬戸内の海が見え、うしろは裏庭のいきどまりが中国山脈の山裾の、始まりの部分だった。その家の前に川があった。地元の人た…
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