981編公開中。 今を映す手鏡のように
渋谷 の一覧
2020.9.11
御八つ、お三時、三時ですよ
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 こうしてスパゲッティ・ナポリタンを初めて体験してからの僕が、なにかと言えば店でナポリタンを食べる子供になったかというと、そんなことはなかった。ナポリタンを作ってくれるよう、母親に頼む子供にもならなかった。なぜなら、この…
2020.3.31
ウェスト・エンドの都市伝説
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 神保町の古書店で僕がアメリカのペイパーバックスを古書で買ったのは、ごくおおざっぱに言って、一九六〇年代の十年間だ。  渋谷から10番、須田町行きの都電に乗ると、やがて神保町に西から入ることは、中学生の頃から知っていた。…
2018.6.13
消えた東京はゼニ・カネのために消えた
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〈書評〉富岡畦草、富岡三智子、鵜澤碧美著『変貌する都市の記録』  写真に撮られた場所はまだあるだろう。しかしその場所にかつてあった建物、建造物、人、自動車など、もはやいっさい、どこにもない。どこへ消えたのか。1950年代…
2018.4.13
眠れる東京の坂や谷が目覚める
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〈書評〉大竹昭子著『日和下駄とスニーカー 東京今昔凸凹散歩』  僕は東京の人だが、これまで生活してきたのは、坂も階段もないところばかりだった。東京が持ついくつかの特異性のうち、最大のものはその地形であると気づいたのは、四…
2018.3.21
あの映画をもう一度観たい、その1
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 イギリスとスイスとの合作映画『ワイルド・ギース』が制作されたのは一九七八年だった。そしてその年に日本でも劇場公開された。僕は東京の渋谷で観た。プラネタリウムのあった建物のなかの映画館だった。いまからちょうど三十年前のこ…
2017.8.14
『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)
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 一九四五年の七月、日本に対して連合国側から、降伏してはどうかという勧告があった。ポツダム宣言だ。日本の海軍は戦争の終結を望んでいた。陸軍は本土決戦を唱え、首相はポツダム宣言に対して、ただ黙殺するだけだ、という態度を取っ…
2017.6.13
金魚と散歩だ
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 梅雨の晴れ間、平日の午後、約束どおりの時間に、僕はその喫茶店の自動ドアを入った。彼女が指定した喫茶店だ。僕もときどきここでコーヒーを飲む。彼女と偶然にここで逢うことが、これまで一度もなかった。そのことについて思いながら…
2017.6.2
渋谷の横町を、植草さんのとおりに歩く
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 植草(うえくさ)さんの全集『植草甚一スクラップブック』には、毎回、月報がついていた。その月報には、一九七六年一月一日から書きはじめた植草さんの日記が、すこしずつ、のせてあった。 「渋谷(しぶや)の横町の石井(いしい)さ…
2017.5.12
ウディ・アレンについて、僕のコメント
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『ウオッカの広告』『ヴェーガス』『二度めの結婚』『誘拐されて』『不幸せな子供の頃』『エッグス・ベネディクト』『経口避妊』『失われた世代』というようなタイトルの作品を、知ってますか。ウディ・アレンの作品です。かなり笑えます…
2016.11.6
彼は鉛筆を削りながら交差点を渡っていった
 かつて鉛筆で原稿を書いていた頃、僕は自宅ではその鉛筆をナイフで削っていた。スイス・アーミー・ナイフ、つまりヴィクトリノクスあるいはウェンガーのどちらでもいい、長さ五センチと一センチ八ミリの大小ふたつの刃が一枚ずつついて…
2016.4.13
植草さんの日記に注釈をつける
『植草甚一スクラップブック』というタイトルで、かつて植草さんの全集が刊行された。一九七〇年代のなかば過ぎから、ある期間にわたって毎月一冊ずつ、刊行されていたような記憶がある。毎月、本のなかに月報がついていた。本とは独立し…
2016.4.11
渋谷から京橋まで眠る
 自宅からバス停留所までものの三分だ。バスで渋谷まで、普通は十五分だ。十分おまけして、二十五分か。そして渋谷から地下鉄・銀座線で京橋まで、二十五分。五分おまけして三十分。京橋から昭和通りを越えて会社まで、早足で歩いて七、…