973編公開中。 今を映す手鏡のように
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2020.7.3
僕はこうして日本語を覚えた
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 日本で育っている子供は、その子供をいつも取り巻いている日常のなかで、日本語を覚えていく。身辺にいる大人たちが喋るのを聞いては、覚えていく。育っていく環境という、成り行きの見本のような日常のなかに、どの子供もいる。その成…
2020.7.2
風がそこに吹いている
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1  そこにいるのは自分ひとりだけという他に人のいない状態を寂しいと言うなら、それはlonesomeだよと、英語で説明されたのは、僕が六歳くらいのときだ。この説明を聞いてlonesomeはよくわかったが、自分では使うこと…
2020.6.23
すでにそうなってそこにある
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 一九四九年に製作された『黄色いリボン』というアメリカの西部劇が日本で公開されたのは一九五一年、昭和二十六年のことだった。二〇一九年から振り返ると六十八年前だ。対日講和条約と日米安全保障条約のふたつが調印された年だ。『黄…
2020.6.12
読売新聞、金曜日夕刊
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1  義  自分の名前にある義という字について。男のこが生まれたらヨシオにしよう、と父親は考えていたが、彼は漢字のまったく書けない日系二世で、音声としてのヨシオを好いていただけだ。漢字をみつくろったのは母親だ。ヨシオのヨ…
2020.4.28
パペーテ空港の夜
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 晴れた日の午後一時すぎにホノルル空港のはずれから飛行機に乗った。小型のプロペラ機、という言いかたのまさに当てはまるような飛行機だった。ディハヴィランドのなんとかという機種だったが、正確には覚えていない。なにしろあと数年…
2020.4.15
チェックアウトはいつでも出来る
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 一九七一年にリンダ・ロンシュタットのバンドとして彼女とツアーに出ていたとき、自分たちのバンドを作ろうではないか、という意見で四人はまとまった。グレン・フライ。ドン・ヘンリー。バーニー・リードン。ランディ・マイズナー。マ…
2020.4.15
エルヴィスから始まった
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『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しています。縦書き版で全文お読みいただけます。 目次 — 1 ミシシッピー州東テュペロ 2 心が爆発する 3 トータルな体…
2020.3.17
梅雨の日に傘をさして学校へいったら
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 東京から山口県の岩国へ、そしてそこから広島県の呉へ。戦後に小学生となった僕は、呉に移ったとき五年生だったと思う。今日からあの小学校へ通うのだと言われた小学校へ、初日はまともにいってクラスの全員に、転校生として紹介された…
2017.10.9
引っ越しという自己点検
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 いろんな視点から自分を点検し考察しなおすための、たいへんな好機のひとつは引っ越しではないか。六年前におこなった引っ越しは、僕にとっては確実にそのとおりの機会だった。そのとき点検し考察しなおした自分というものは、それ以後…
2017.8.22
純情だったあの頃のリンゴ
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 戦後、というと「リンゴの唄」だ。昔の日本人の心のなかで、両者は一本の線で結ばれている。心のなかと言うよりも、いわゆる一般常識のなかでは、と言ったほうが正確かもしれない。「敗戦後のなんにもない虚脱状態の日本人たちの胸に、…
2017.8.19
去りにし夢、しのぶ面影
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〈江利チエミのメモリアル・シリーズ〉というCDが、僕の知るかぎりでは九枚ある。そのなかの『艶歌を歌う』と、ついでに『ラテン、ポップスを歌う』の二枚を、ある日の午後、銀座で僕は買ってみた。江利チエミという名前は、僕だってよ…
2017.8.10
スヌーピーはハウンド・ドッグだった
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『これがアメリカだよ、チャーリー・ブラウン』という、全八巻のヴィデオ・シリーズがある。チャーリー・ブラウン、ルーシー、スヌーピー、シュローダーなど、『ピーナッツ』の主人公たちが登場する、アニメーションによるエンタテインメ…
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