700編以上公開中。 今を映す手鏡のように
日本 の一覧
1 2 3 4 »
2018.12.5
リコー・XR6
縦書き
 女性の脚がある光景の写真は銀座で撮った。歩道を歩いていたらこの光景が見えた。だから僕はそれを写真に撮った。西欧の白人女性の脚だと断定していい。見事な出来ばえの脚だ、と多くの人が思うはずだ。僕もそう思う。  この一対の脚…
2017.8.8
『ハナ子さん』一九四三年(昭和十八年)(1)
縦書き
 映画の冒頭、タイトルよりも先に、「撃ちてし止まむ」という言葉が画面に出る。この言葉を僕は知っている、しかし、どのような経過をへて世のなかに出た言葉なのか、背景はまったく知らない。しかし調べればすぐにわかる。一九四三年の…
2017.8.6
袋小路の居心地
縦書き
 十一月二十七日、陸自の調査団の一部がイラクでの調査を終えて、日本へ帰って来た。残りの人たちは引き続きクエートにとどまり、イラクの情勢を観察するという。自衛隊の派遣予定地とされているイラク南部のサマワは、治安が比較的良好…
2017.6.6
道路の小説を書きたい
縦書き
 ぼくは日本の地形と気候が好きだ。地形も気候も、ともに独特であり、このふたつが重なりあった日本は、興味がつきない。  この小さな列島は、亜寒帯から亜熱帯にまで、わざわざまたがるのを意図したかのように、細長い。複雑な海岸線…
2017.5.3
「解釈憲法」の命日となる日
縦書き
二〇〇三年十一月十九日  一九四六年の六月、当時の吉田首相は、「憲法第九条は自衛権の発動としての戦争も交戦権も放棄した」と明言している。日本でいまだに続いている「解釈憲法」の歴史は、このあたりから始まった。二年後、一九四…
2017.4.23
世界はすべて片仮名のなか
縦書き
 日本語には片仮名という書きかたがある。どんな外国語であろうとも、おおよそのところでよければ、その音を片仮名で表記することが、じつにたやすく可能だ。僕の好きな冗談のひとつに、全篇を片仮名書きした『風とともに去りぬ』という…
2017.4.21
平成十一年の五つの安心
縦書き
 平成十年に日本で首相を務めている人物が、自らを「ヴォキャ貧」であると評したことは、日本にとって記念すべき出来事だ。戦後の五十数年を体験してきた日本がついに到達した、マイナス領域におけるひとつの頂点だ。  平成の十一年め…
2017.4.20
主体的に判断しながら様子を見る日本
縦書き
二〇〇三年十月二十九日  いわゆる国際社会、つまり世界各国の複雑微妙な関係の重なり合いのなかで、日本はどのような考えにもとづいてどの位置に立ち、どんな方向に向けてなにをしようとしているのかといったことがらをめぐって、次の…
2017.4.18
いつもの自分の、いつもの日本語
縦書き
 かつて日本の首相がアメリカのTV局で時局討論番組に出演したとき、放映されたその番組を僕は見た。このときのこの番組に対する、あるひとつの視点からの感想は、すでに別の本に書いた。今度は別の視点から、さらに少しだけ書いておこ…
2017.4.13
主体でも客体でもなく
縦書き
 鎖国という制度を終わりにして開国したとき、日本は西欧から技術としての科学を受け入れ、科学の精神のほうは受け入れなかった、としばしば説かれる。多くの人たちが、何度も繰り返して説く。そしてまともな反論を、少なくとも僕は見て…
2017.4.10
ガールたちの戦後史
縦書き
ガールという言葉は、それ単独では、日本語として定着していない。日本におけるガールの始まりはモダン・ガールだと思うが、たとえばこの例のように、なにか別の言葉と結びついて、ガールは日本語のなかに組み込まれてきた。このモダン・…
2017.3.27
あのトースターの謎を解く
一九五十年代のなかばに自宅で使っていたトースターを、解けないままに残ったひとつの小さな謎として、いま僕は思い出している。アメリカ製であったことは間違いない。確かサンビームという会社のものだったと思う。本体の両端に底と一体…
1 2 3 4 »