972編公開中。 今を映す手鏡のように
新聞 の一覧
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2020.7.1
僕はチャーリー・ブラウンなのだから
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 僕が『ピーナッツ』を読み始めたのは、一九五六年ないしは一九五七年のことだった。どちらの年だったにせよ、信じられないことに、その僕は世田谷区で高校生だった。父親の仕事の関係で、自宅にはアメリカの新聞がいつも何種類もあった…
2020.6.25
『ピーナッツ』を語る 一生もののつきあい
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『ピーナッツ』の連載が始まったのは一九五〇年十月二日だったという。アメリカ各地の七つの新聞に、『ピーナッツ』のコミック・ストリップが連載で掲載された。作者のチャールズ・M・シュルツから原画を受け取った配信会社が、全米各地…
2020.6.22
『ピーナッツ』の日めくりカレンダー
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『ピーナッツ』の日めくりカレンダーをもう何年も使っている。いまこれを書いているワープロのある小さなデスクの左端に、二〇一九年の日めくりが斜めに立っている。まだ三月の八日だから、日めくりは分厚い。厚さは二センチを越えている…
2020.6.12
読売新聞、金曜日夕刊
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1  義  自分の名前にある義という字について。男のこが生まれたらヨシオにしよう、と父親は考えていたが、彼は漢字のまったく書けない日系二世で、音声としてのヨシオを好いていただけだ。漢字をみつくろったのは母親だ。ヨシオのヨ…
2020.6.5
残りご飯のバター炒めと海苔の佃煮
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 一枚の写真が、なんらかのかたちあるいは意味で、物語のなかで重要な役を果たす短編小説をいくつか書き、一冊の本を作ってみたい、といま僕は考えている。物語はみな多様なものになるだろう。どのような物語をどんなふうに構成し、それ…
2020.4.16
僕の父親はDadだった
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1  自分のことをDadと呼べ、と父親がはっきりと僕に言ったときのことを、遠い思い出ではあるけれど、いまでも僕は覚えている。戦後すぐのことだった。当時の僕は五歳ないしは六歳で、ちょうど物心がついた年齢だった。  自分の父…
2020.2.21
長いつきあいはまだ続く
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「ピーナッツ」のコミック・ストリップを最初に読んだのは、まだ子供だった頃だ。父親の仕事の関係で、アメリカの新聞や雑誌、そして書籍が、雑多に大量に、いつも自宅にあった。そのような新聞で見かけて、ふと読んでみた。ひょっとした…
2018.2.23
一九六二年、ボストンの怪事件
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 第一回の殺人は一九六二年の六月に起きた。ボストンの小さなアパートメントの自室で五十五歳の女性が絞殺・強姦された。二週間後、おなじくボストンで六十歳の女性が、まったくおなじような状況のなかで、おなじように殺害された。続い…
2018.1.17
「ザ・コンプリート ピーナッツ」
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 チャールズ・M・シュルツがその生涯にわたって描き続けた『ピーナッツ』という新聞連載漫画の、コンプリート・コレクションがアメリカで刊行されつつある。  ファンタグラフィックス・ブックスという出版社から、すでに四冊、出てい…
2017.9.14
パリから一通の封書が届いた
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 もう何年もまえに東京からニューヨークへいってしまい、いまでは主としてニューヨークとパリで忙しく仕事をしているひとりの女性がいる。彼女はぼくよりも年上であり、ぼくは彼女にとって、あまり出来のよくない弟のような存在だ。彼女…
2016.7.3
いつも代金を払わない男|アビーロードのB面
 広場の南西の片隅、いつもの位置に、新聞売りの小屋が今日も出ていた。北東の方向から広場にむけて歩いてきた彼は、広場を斜めに横切った。鳩をよけながら、噴水のかたわらを通過した。  新聞売りの小屋のまえに立った彼は、新聞売り…
2015.12.7
チャタヌーガ・チューチュー
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 朝のまだ早い時間なのに、居間はもう暑かった。陽がさしこんだりはしないのだが、むっとするような空気がこもっている。  新聞を持った徳一は、居間からキチンへ歩いた。  キチンは北側にあり、この小さな家のなかでは、たいていの…
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