981編公開中。 今を映す手鏡のように
庶民 の一覧
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2020.9.11
御八つ、お三時、三時ですよ
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 こうしてスパゲッティ・ナポリタンを初めて体験してからの僕が、なにかと言えば店でナポリタンを食べる子供になったかというと、そんなことはなかった。ナポリタンを作ってくれるよう、母親に頼む子供にもならなかった。なぜなら、この…
2020.8.14
ナポリタンをシェアしたくない昭和の子供
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 外寸で直径が六十五ミリ、高さはちょうど百ミリのスティール缶だ。プル・リングで開けることができる。二百九十五グラムのパスタ・ソースが入っている。二人前から三人前として使えるそうだ。缶から鍋に空けて、かき混ぜながら弱火で温…
2020.8.11
デュラム、セモリナ、アル・デンテ
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 私はスパゲッティが好き、と言うならその言葉の裏づけとして、『文化麵類学ことはじめ』(石毛直道著、一九九五年講談社文庫。後に講談社学術文庫『麵の文化史』)という本を読んでほしい、という思いでこの本を紹介しておこう。この本…
2019.12.17
酸っぱい酸っぱい黄色い水
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 戦後の小学校で僕より学年で一年だけ下だった男性が、小学校で体験した給食について、かつて僕に語ってくれた。彼のそのときの言葉を出来るかぎり思い出し、口調も写しながら、僕が再話してみよう。 「コッペ・パンというものは、給食…
2017.8.16
『日米会話手帳』という英語
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『日米会話手帳』という出版物について僕が初めて知ったのは、いつのことだっただろう。二十代の前半ではないか、という推測はもっとも妥当だ。それ以前にすでにこの本について知っていた記憶はない。戦後世相史のような記述のなかで、瓦…
2017.6.24
波止場通りを左に曲がる
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 デビューしてまだ間もない頃の美空ひばりを、何点もの写真で見ることができる。多くの写真に彼女は撮られ、それはさまざまな刊行物のなかに複製されている。そのような写真を数多く見ていくと、やがてはっきりわかってくることがひとつ…
2017.4.23
世界はすべて片仮名のなか
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 日本語には片仮名という書きかたがある。どんな外国語であろうとも、おおよそのところでよければ、その音を片仮名で表記することが、じつにたやすく可能だ。僕の好きな冗談のひとつに、全篇を片仮名書きした『風とともに去りぬ』という…
2017.4.17
ペラペラとはなにだったか
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 英語がペラペラ、という言いかたがある。なにを言っているのか自分にはわからないが、日本人が外国人と英語で滑らかにコミュニケートしている状態に見えるとき、その日本人の英語はペラペラである、と表現されてきた。まったくたいした…
2016.12.22
死語と遊ぶひととき
 あるひとつの事柄が過去のものとなって身辺から消え去り、その結果としてその事柄に言及されることはめったにない、という状態になったとき、その事柄を言いあらわす言葉は死語となる。廃語とも言われる。時間が単に経過するだけで、多…
2016.12.10
だから三歳児は泣いた
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 二十五歳のとき、僕は自分の写真をすべて捨ててしまった。ゼロ歳から二十五歳までのあいだに、僕の手もとにいつのまにか蓄積した写真、たとえば誕生日に撮った写真やどこかへ旅行したときの記念写真、親戚の人や友人たちが、なにかのと…
2016.7.22
庶民の不安はどこから
 庶民、という言葉に別の言葉がつき添うものの言い方に、どのようなものがあるか。名もなき庶民、というのは代表格だろう。名は誰にもあるのだが、名もなき人々、つまり無言無抵抗の存在としてひとくくりにされて放り出されている人たち…
2016.6.13
写真を撮っておけばよかった
 過去は巨大な教訓だ。偉大な反省材料だ。教訓も反省も、僕の過去のなかにすら、おそらく無数に存在している。過去は文字どおり、とっくに過ぎ去った時間なのだ。戻ってはこない。しかしその過去のなかにあり続ける教訓や反省材料は、こ…
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