972編公開中。 今を映す手鏡のように
学校 の一覧
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2020.7.3
僕はこうして日本語を覚えた
縦書き
 日本で育っている子供は、その子供をいつも取り巻いている日常のなかで、日本語を覚えていく。身辺にいる大人たちが喋るのを聞いては、覚えていく。育っていく環境という、成り行きの見本のような日常のなかに、どの子供もいる。その成…
2020.6.12
読売新聞、金曜日夕刊
縦書き
1  義  自分の名前にある義という字について。男のこが生まれたらヨシオにしよう、と父親は考えていたが、彼は漢字のまったく書けない日系二世で、音声としてのヨシオを好いていただけだ。漢字をみつくろったのは母親だ。ヨシオのヨ…
2020.5.4
あほくさ、と母親は言った
縦書き
 僕には母親がひとりいる。日常的な日本語では、産みの母、と言われている。英語ではバイオロジカル・マザーと言うようだ。その産みの母は、育ての母、でもあった。あのひとりの女性が僕を産み、僕を育てた。そのことに間違いはない。僕…
2020.4.15
1957年のラブ・ミー・テンダー
縦書き
 下北沢のあの映画館の名称をついに思い出した。下北沢映画劇場だ。かつての下北沢駅の北口を出て道幅の狭い商店街に入り、最初の十文字を左へ曲がるとすぐ左側に、その映画館はあった。この映画館がここにあった頃の下北沢には、映画館…
2017.4.7
身のうえ話 その1
 小学校に入学する日、つまり入学式の日、ぼくは生まれてはじめて、学校の校舎というものを見た。  木造の大きなその建物をひとめ見たとたんに感じたことを、いまでも思いだすことができる。 「これはぼくの好きなものではない」  …
2017.4.2
書き順と習字(2)
前回|1|  なにごとも適当でいいとは、ごまかす、さぼる、ずるく立ちまわる、というようなことではない。自分に出来る範囲が自分であるという決意、つまり、そのときの自分自身を、いったんは全面的に肯定することだ。  入学式のあ…
2017.4.1
書き順と習字(1)
 僕が小学校に入る日が近づいてきていた頃について、いまの僕は思い出そうとしている。かなり昔のことだ。充分に遠い。忘れてしまったことが多い。忘れてはいないまでも、記憶は淡い。淡さは不正確さでもあるだろう。  というようなこ…
2017.3.19
なにもしなかった4年間(2)
前回|1|  きっとそうだ、といまの僕は思う。なにのために僕はそんなことをしたのか。自覚はまったくしていなかった。だから、なにのために、というようなことは、考えてもみなかったはずだ。なにのためでもなく、ほとんどいっさいの…
2017.3.18
なにもしなかった4年間(1)
 高等学校の三年生という状態が終わりに近づくにつれて、卒業出来るのかどうかの問題が、僕の前に立ちあらわれてきた。このこととその顛末については、すでに書いた。卒業できるかどうかの問題をかたわらに置くと、つまり卒業は出来ると…
2017.3.7
いま高校生なら僕は中退する(2)
前回(1)  僕は高校を卒業した。成績は本当にビリだったと思う。あまりにも桁はずれのビリは、職員会議としても問題にせざるを得ない。特例中の特例としてその問題は解決された、という話を僕は信頼すべき筋から聞いた。卒業したので…
2017.3.6
いま高校生なら僕は中退する(1)
 一九九七年の日本で、全国の公私立高校から中退した少年少女の数は、十一万一千四百九十一人だったという。生徒数ぜんたいに対して、この数は二・六パーセントの中退率だそうだ。統計をとり始めた一九八二年以来、最高の数字に達したと…
2017.1.17
弁当
 東京都世田谷区立の、男女共学のきわめて普通の高等学校をぼくは受験して合格し、その高校を三年間でごく普通に卒業した。  ぼくが受験する高校としてこの学校を選んでくれたのは、中学三年生のときの担任の先生だった。現在の事情を…
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