972編公開中。 今を映す手鏡のように
女性 の一覧
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2020.6.24
午後五時の影
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 ぽっちゃり、という日本語をなんとか英語で言うことは出来ないか、と考えた時期があった。いまから二十年くらいは前のことだ。ごく平凡には、plumpだろう。しかし日本語のぽっちゃりは、語感として明るく、ぽっちゃりしているとい…
2020.6.16
パーマの帝国
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「パ」と「マ」のふたつの片仮名に、音引きの縦棒「ー」を一本加えて作る「パーマ」という言葉は、まだ充分に現役であるようだ。太平洋戦争が終わるのとほとんど同時に、この言葉が日本じゅうに広がった。戦後の日本でいっせいに始まった…
2020.6.9
昼寝のあとのポッキー
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 いつも使っている私鉄の、普段は降りることのない駅で降りた僕は、きれいに晴れた気持ちの良い午後、駅前商店街をその奥に向けて歩いていた。商店街が終わるあたりの店に、ほんのちょっとした用事があったからだ。  寝具店の前から道…
2020.6.5
残りご飯のバター炒めと海苔の佃煮
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 一枚の写真が、なんらかのかたちあるいは意味で、物語のなかで重要な役を果たす短編小説をいくつか書き、一冊の本を作ってみたい、といま僕は考えている。物語はみな多様なものになるだろう。どのような物語をどんなふうに構成し、それ…
2020.5.29
マヨネーズ、という一語で終わる本
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 リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』は、デル・ブックスというペーパーバック叢書のローレル・エディションで刊行される以前に、いろんなかたちでいくつかのところに発表された。だからローレル・エディションの初版を持…
2020.4.23
ほんの一瞬がポートレートとして後世に残る
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 リチャード・フォードの『ワイルドライフ』は買ってあった。探したらすぐに見つかった。一九九一年にロンドンで刊行された、フラミンゴというペイパーバック・シリーズのうちの一冊だ。ほかにさらに二冊あった。買ったからには読もうと…
2020.4.21
あの道がそう言った
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白く輝く雲へ  まだ梅雨だがその日は、梅雨明けの初日のように、素晴らしい晴天だった。小田急線の上りひと駅の下北沢で井の頭線に乗り換えて渋谷へ。朝のラッシュアワーの地下鉄銀座線浅草行きのプラットフォームでは、人々が三列にな…
2020.4.7
入ってみよう、とお前が言った
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 私鉄駅南口から歩いて五分の小さなバーだ。その小ささの隅々まで、バーらしさがいきわたっていた。バーらしさと言うか、時間を越えていると言うべきか。いつともわからない、かなり遠い過去のどこかに、出発点を持った、バーらしさだっ…
2020.4.6
なぜ、そんな写真を撮るのか
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 残暑がついに終わろうとしている、よく晴れた平日の午後、下北沢の喫茶店で僕が落ち合ったのは、ひとりの女性だった。その日の僕は写真を撮ることにきめていた。写真撮影の同行者には、男性よりも女性のほうが、さまざまな点において好…
2020.3.24
そのうしろに浅丘ルリ子が立っている
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 赤木圭一郎が日活に残した数少ない主演作のなかに、「拳銃無頼帖」という副題を持ったシリーズ作品が四作だけある。四作だけとは、彼の早すぎた死によって四作で終わったから、という意味だ。この四作のうち、最初の二作、『抜き射ちの…
2020.3.3
秋の雨に百円の珈琲を
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 十月初めの平日、雨は朝から降っていた。昼前に窓から外を見たら、雨はやんでいた。たたんだ傘を持って人が歩いていた。雨は降ったりやんだりの一日なのだ、と僕は思った。夕方近く、自宅を出ていつもの私鉄駅へ歩いていくとき、僕は傘…
2018.3.12
ジャック・リーチャーを十一冊、積み上げてみる
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 リー・チャイルドの作品を十一冊、記念写真に撮ってみた。どれもすべてジャック・リーチャーという男性を主人公にしていて、ぜんたいは発表年の順に彼の武勇伝のシリーズとなっている。いちばん左の下にあるのが一九九七年のもので、ジ…
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