973編公開中。 今を映す手鏡のように
大人 の一覧
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2020.7.3
僕はこうして日本語を覚えた
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 日本で育っている子供は、その子供をいつも取り巻いている日常のなかで、日本語を覚えていく。身辺にいる大人たちが喋るのを聞いては、覚えていく。育っていく環境という、成り行きの見本のような日常のなかに、どの子供もいる。その成…
2018.12.3
コニカC35
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 コニカC35が発売されたのは、昭和四十三年だという。その頃の僕は、どうやら大人になっていた。しかし、昭和四十三年とだけ言われても、思い出す時代のディテールも実感もほとんどない。西暦になおして一九六八年とすると、自分の年…
2017.8.25
明日への希望は社会の財産
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 一九六二年に公開された日活映画『キューポラのある街』で、若い女優としてまず最初の頂点をきわめた頃の吉永小百合をめぐって、スクリーンに投影される彼女のイメージとして大衆がもっとも歓迎したのは、彼女の全身、その一挙手一投足…
2017.7.11
ミッキーマウス・カントリー
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 ミッキー・マウスの帽子をぼくはまだ持っている。ずいぶん昔に買った帽子だ。なにしろディズニー・ランドが開園してまだ六年ぐらいしかたっていないころ、ディズニー・ランドのギフト・ショップで買ったのだから。  この帽子は、じつ…
2017.4.26
『山の音』
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──失われた日本、消えた昭和。半世紀以上も前の映画に触発されて蘇る、淡い記憶の数々。  一九三五年(昭和十年)に『乙女ごゝろ三人姉妹(きょうだい)』、そして一九五一年(昭和二十六年)には『舞姫』と、成瀬巳喜男は川端康成の…
2017.4.7
身のうえ話 その1
 小学校に入学する日、つまり入学式の日、ぼくは生まれてはじめて、学校の校舎というものを見た。  木造の大きなその建物をひとめ見たとたんに感じたことを、いまでも思いだすことができる。 「これはぼくの好きなものではない」  …
2017.1.10
ハワイの田舎町を訪ね歩く
 日本にはないものを買いにハワイへいこうと思う。オアフ島だけでもいいのだが、楽しみを少しだけ拡大させるために、ハワイ島、マウイ島、モロカイ島などへも渡ろう。それらの島々で田舎町を訪ね歩くのだ。昔からある日用雑貨店に入って…
2016.11.13
短くなった鉛筆はすべてタリスマンだ
 早くも二十年以上も前のことになるが、四センチあるいはそれ以下になった短い鉛筆を、リーボックのスニーカーの箱にざくざくと持っていた。ときたま取り出しては、眺めたり指先に持ったりしていた。僕なりに感概にひたっていたに違いな…
2016.11.6
彼は鉛筆を削りながら交差点を渡っていった
 かつて鉛筆で原稿を書いていた頃、僕は自宅ではその鉛筆をナイフで削っていた。スイス・アーミー・ナイフ、つまりヴィクトリノクスあるいはウェンガーのどちらでもいい、長さ五センチと一センチ八ミリの大小ふたつの刃が一枚ずつついて…
2016.5.9
アイスクリームには謎がある
 アイスクリームについて思うと、その思いは過去へと向かっていく。僕がまだ充分に幼くて可愛い坊やだった頃、僕はいちばん最初のアイスクリームを食べたはずで、それについての記憶はいまも残っている。幼い体の口腔感覚がとらえた、ア…
2016.3.22
考えるとはなになのか
 頭は生きているうちに使え、という言いかたはいつ頃からあるものなのか。最近はあまり聞かないように思う。僕が子供の頃、大人たちはなにかあればこう言っていた。頭は生きているうちに使え。なるほど。生きるとは頭を使うことか。  …
2016.3.21
「時代」は「自分」にまかせろ
 もはや数十年前のことになるけれど、あるときあるところに僕は生まれた。そのときそこに生まれた、と言ってもいい。具体的に言いたくなくてこう言っているのではなく、「時代」のなかには生まれていない、ということを言いたいからだ。…
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