972編公開中。 今を映す手鏡のように
の一覧
2020.5.14
トリス・バー。バヤリース・オレンジ。バッテンボー
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 バッテンボー、という言葉は死語だろうか。老いも若きも、日本じゅうどこへいっても、誰もがこの言葉を口にしていたあの頃、というものがかつて存在した。あの頃がいつ頃だったか、昭和の何年あたりだったのか、資料がないと僕には正確…
2020.5.4
あほくさ、と母親は言った
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 僕には母親がひとりいる。日常的な日本語では、産みの母、と言われている。英語ではバイオロジカル・マザーと言うようだ。その産みの母は、育ての母、でもあった。あのひとりの女性が僕を産み、僕を育てた。そのことに間違いはない。僕…
2020.3.17
梅雨の日に傘をさして学校へいったら
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 東京から山口県の岩国へ、そしてそこから広島県の呉へ。戦後に小学生となった僕は、呉に移ったとき五年生だったと思う。今日からあの小学校へ通うのだと言われた小学校へ、初日はまともにいってクラスの全員に、転校生として紹介された…
2017.5.6
生まれてはじめての旅
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 ぼくは東京生まれだが、子供の頃の十年ほどを、山口県の岩国(いわくに)、そして広島県の呉(くれ)で、過ごした体験を持っている。  目のまえには、あの独特な瀬戸内海、そしてすぐうしろには、おだやかな中国山脈があり、気候は温…
2016.10.26
自分のことをワシと呼んだか
 四歳から十二歳までを、僕は瀬戸内で過ごした。山口県の岩国と、広島県の呉というところに、ほぼ四年ずつ。どちらの地方の言葉も、自分は地元の人たちとおなじように使えたし使っていたはずだと、長いあいだ僕は思ってきた。  岩国の…