972編公開中。 今を映す手鏡のように
万年筆 の一覧
2020.4.30
南日本新聞のあれやこれや
縦書き
僕におけるもっともらしさ  かつて南米のペルーから日本へ数多くの男性たちが仕事をしに来ていた。彼らの姿をいまはまったく見ない。日本の失われた二十年の始まりとともに彼らも帰国し始めたなら、彼らが日本を去り始めてすでに二十年…
2020.4.16
僕の父親はDadだった
縦書き
1  自分のことをDadと呼べ、と父親がはっきりと僕に言ったときのことを、遠い思い出ではあるけれど、いまでも僕は覚えている。戦後すぐのことだった。当時の僕は五歳ないしは六歳で、ちょうど物心がついた年齢だった。  自分の父…
2020.4.10
僕は万年筆で書きたくなった
縦書き
 仕事として僕が文章を書き始めたのは二十一歳からだ。それから十三、四年後には小説を書く人となった。ワープロに切り換えるまで、合計して三十年ほど、すべての原稿は原稿用紙に万年筆で手書きした。  ワープロを使うようになってか…
2016.11.16
じつはホットなままに
 僕が初めてワープロを使ったのは、一九八〇年代のなかばではなかったか。オアシス・ライトという機種だった。直訳すると、オアシス軽だ。この軽便型のワープロは、蓋を閉じてデスクの上に置いてある様子を観察すると、信じがたいほどに…
2016.11.12
万年筆についての文章
 原稿料のともなう文章を、僕は大学生の頃から書き始めた。原稿料がともなう文章とは、この場合は、商業的に出版されている雑誌に書く、という意味だ。  そのような文章には、当然のことだが、締切りがある。なにを書くにしても、その…
2016.11.11
万年筆で書く
 文章の原稿をかつて僕は原稿用紙に万年筆で手書きしていた。その期間は延べ三十五年くらいになる。いったい何枚の原稿用紙を、下手な手書きの文字で埋めたか。万単位であることは確かだ。万年筆で原稿用紙に手書きするとは、その頃の僕…
2016.11.7
二百字詰め原稿用紙八百枚
 原稿用紙に万年筆で原稿を手書きしていた期間が二十年以上ある。市販の原稿用紙、あるいは出版社が提供してくれるその社のものを使っていた期間は、ごく短い。大量の原稿を書くようになると、万年筆による手書きという肉体作業を、可能…
2016.11.2
[クレール・フォンテーヌのノートブック]
 クレール・フォンテーヌのノートブック、そしてパッド類は、ロディアと地続きだ。おなじフランスのものというだけではなく、クレール・フォンテーヌにおいてもまた、思考のかたちや論理の筋道の作りかたが、それをひとまず文字で紙の表…
2016.6.12
雨の京都で下書きをする
 久しぶりに万年筆を買った。  僕との相性の良さを中心に、いくつかの条件をもっとも高いところで満たしているのはペリカンだから、今回もペリカンにした。まったくおなじ種類のを三本。軸もキャップも透明なプラスティックで出来てい…
2015.10.20
父親と万年筆
 僕の父親は、ハワイで生まれてカリフォルニアで育った、日系二世のアメリカ人だ。ひとりの人としての核心部分まで二世らしさの貫徹した、謎の多い不思議な人物だった。二世の見本のような人だった、と言っていいだろう。このような人た…