882編公開中。 今を映す手鏡のように
ペーパーバック の一覧
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2018.3.19
金色の瞳に映るものはなにか
縦書き
 バンタム・ブックスというペイパーバックの叢書で刊行された、カーソン・マッカラーズの『金色の瞳に映るもの』という小説の版違いが、今回の写真のなかに四とおりある。いちばん左にあるのが、バンタム・ブックスでの最初のものとなっ…
2017.11.2
アメリカの正義が勝つ
縦書き
 いまのアメリカで出版されているペーパーバックは、どれもみなよく似たつまらない装丁ばかりで、出版社ごとの装丁の特徴や方針などは、皆無に等しい。  一九六〇年代いっぱいくらいまでのペーパーバックには、銘柄別にデザインの特徴…
2017.10.6
トリビアのペーパーバックのおかげで、へえ、そうだったのか、と言うのがぼくの口ぐせになろうとしている
縦書き
 買うには買ったけれども、読まないままほったらかしてあるペーパーバックが、ワーク・ルームのとなりの部屋の大きな書棚に、三重に四重に、つまっている。  ごく最近、『ハリウッド・トリビア』というタイトルのペーパーバックを買っ…
2017.6.4
ぼくはなぜブローティガンをいちどにぜんぶ読まないか
縦書き
 丹後半島で白い灯台を見たあと汽車を乗りつぎ、最終的には新幹線で東京へ帰ってきた。  6月の東京は、薄曇りだった。いっしょうけんめいに歩くと暑そうだが、いっしょうけんめいでなければ快適な気温のようだったから、ぼくはいっし…
2017.6.3
一九五一年のアメリカの小説
縦書き
 ある雨の日の夕方、ぼくは都心のホテルにいた。ホテルを出るとき、一階のロビーの奥にあるブック・ショップに寄ってみた。これから駅へいって特急列車に乗り、小さな旅をしなければならないところだったので、ペーパーバックを二冊か三…
2017.6.2
渋谷の横町を、植草さんのとおりに歩く
縦書き
 植草(うえくさ)さんの全集『植草甚一スクラップブック』には、毎回、月報がついていた。その月報には、一九七六年一月一日から書きはじめた植草さんの日記が、すこしずつ、のせてあった。 「渋谷(しぶや)の横町の石井(いしい)さ…
2016.10.31
本が僕に向かって旅をする
 アメリカでインタネット上に運営されている古書店にしばしばアクセスしては、主としてペイパーバックを買っている。クレディット・カードによる決済を主たる業務とする大きな枠があり、そのなかに世界じゅうから、リアルあるいはヴァー…
2016.10.19
ぼくがもっとも愛用している英語の辞書
 ぼくがもっとも愛用している英語の辞書が、これだ。1070ページあるペーパー・バックだ。何年か使ってふくらんできた状態で、厚さは45ミリある。このくらいの量感があると、視覚的にも感触的にも、信頼感は充分にある。内容も、素…
2016.10.8
一冊のペーパーバックは、日常ではない時間の象徴だ
 英語による僕の読書はペーパーバックに限られていると言っていい。不特定多数を相手にしたマス・マーケット用のいわゆるペーパーバックと、読者が多数であるにこしたことはないけれど不特定ではあり得ないクオリティ・ペーパーバックの…
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