972編公開中。 今を映す手鏡のように
キネマ旬報 の一覧
2020.4.24
古書店で『映画の友』を買い集める
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『映画の友』という雑誌があることは、子供の頃から知っていた。自分ひとりで書店に入るようになってからだから、子供とは言ってもすでに十歳は越えていただろう。その頃に『映画の友』は刊行されていたかどうか。子供の頃の記憶をいまた…
2020.4.23
ほんの一瞬がポートレートとして後世に残る
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 リチャード・フォードの『ワイルドライフ』は買ってあった。探したらすぐに見つかった。一九九一年にロンドンで刊行された、フラミンゴというペイパーバック・シリーズのうちの一冊だ。ほかにさらに二冊あった。買ったからには読もうと…
2020.4.15
1957年のラブ・ミー・テンダー
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 下北沢のあの映画館の名称をついに思い出した。下北沢映画劇場だ。かつての下北沢駅の北口を出て道幅の狭い商店街に入り、最初の十文字を左へ曲がるとすぐ左側に、その映画館はあった。この映画館がここにあった頃の下北沢には、映画館…
2020.4.8
幸せと才能の関係の物語
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「ハリーだってよ」  と自分が言ったのを、いまでも僕は覚えている。レコード店のなかで友人に言ったのだ。『トロピカル・ダンディー』の細野晴臣さんは、ハリー・ホソノだった。ここでは片仮名で書くけれど、たとえばそのLPのジャケ…
2020.3.26
浅野温子そして薬師丸ひろ子
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 二年前の二○一四年が僕にとっての小説四十周年だった。『野性時代』の創刊号に最初の短編小説を書いてから四十年だ。そして小説以前が十二、三年ある。角川映画が四十周年だという。作家活動と重なってるのですね、としばしば言われる…
2020.3.24
そのうしろに浅丘ルリ子が立っている
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 赤木圭一郎が日活に残した数少ない主演作のなかに、「拳銃無頼帖」という副題を持ったシリーズ作品が四作だけある。四作だけとは、彼の早すぎた死によって四作で終わったから、という意味だ。この四作のうち、最初の二作、『抜き射ちの…
2020.3.5
ミッキーマウスの両耳
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 ミッキーマウスをふたつ買った。ふたり、と言うべきか。ひょっとして、二体か。あるいは、二匹。上半身の高さが十一センチほどなので、ふたつでいいのではないか。良く出来ている。赤い半ズボンから黒くて細い脚が出ていて、その先端は…
2015.11.28
二本の映画と一杯のコーヒー
1  ある秋の日の午後おそく。重い灰色に曇った日だった。夕暮れが近づきつつあり、重い灰色の中には、妙に季節感のない暮色が、いくらかは、かさなっていたはずだ。  ぼくは坂を降りてきた。その盛り場は、何本もの坂の途中や、坂か…