972編公開中。 今を映す手鏡のように
イギリス の一覧
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2020.6.24
午後五時の影
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 ぽっちゃり、という日本語をなんとか英語で言うことは出来ないか、と考えた時期があった。いまから二十年くらいは前のことだ。ごく平凡には、plumpだろう。しかし日本語のぽっちゃりは、語感として明るく、ぽっちゃりしているとい…
2020.4.20
身辺に猫を増やしたい
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 前足をそろえて体をのばし、おそらくミルクをくれた人を、大きな目を見開いて、賢そうに見上げているほうの猫は、高さが六センチ五ミリだ。白と淡いオレンジ色の毛なみは、足先が見事に白であることによって、引き締まっている。もうひ…
2020.4.8
What’s he got to say?
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 No Direction Homeは二〇〇五年にマーティン・スコセッシのコピーライトになっているドキュメンタリー映画だ。日本語の題名はないようだ。たとえば「帰路無道標」と表記して、音声では「ノー・ディレクション・ホーム…
2018.4.2
故国を探した作家の失望の旅とは
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 ジョン・スタインベックというアメリカの作家は、一九〇二年にカリフォルニア州のサリーナスに生まれた。スタンフォード大学に入った十七歳くらいの頃まで、スタインベックはサリーナスで過ごしたようだ。サリーナスやモンタレーなどを…
2018.3.28
ヴァージル・ティブス・シリーズ
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 ジョン・ボールというアメリカの作家の、カリフォルニア州パサディナの黒人刑事、ヴァージル・ティブスを主人公にしたミステリーの第一作、『夜の熱気のなかで』が刊行されたのは一九六五年のことだった。かなり評判となり、日本でも翻…
2018.3.21
あの映画をもう一度観たい、その1
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 イギリスとスイスとの合作映画『ワイルド・ギース』が制作されたのは一九七八年だった。そしてその年に日本でも劇場公開された。僕は東京の渋谷で観た。プラネタリウムのあった建物のなかの映画館だった。いまからちょうど三十年前のこ…
2017.12.4
僕がデソートを停めた場所
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 デソートという名の自動車が、かつてアメリカにあった。ここにあるのはそのデソートのおそらくは一九三九年あるいは一九四十年の雑誌に掲載された広告の、アートワークの部分だけだ。  どれもみな絵だから、誇張も美化も思いのままだ…
2016.6.15
上を向いてスキヤキ
 イギリスのパイというレーベルのレコード会社のヘッドが、商用で一九六二年の東京を訪れた。そのときちょうど大ヒットしていた坂本九の「上を向いて歩こう」を彼は聴いてたいそう気に入り、レコードを手に入れた。そしてそれを持って帰…
2016.4.20
道路への関心と小説
『佐多への道』という本を何年かまえに僕は英語で読んだ。アラン・ブースというイギリスの人が、北海道の宗谷岬から九州の佐多岬まで、出来るだけ都市化されていない田舎の部分を選んで、ひとりで歩きとおした紀行文だ。歩くということ、…
2016.2.6
トーストにベーコン・アンド・エッグス、そして紅茶
 トーストにベーコン・アンド・エッグス、オレンジ・ジュースと熱い紅茶、そして日本ではふつうクレソンと呼ばれている草をひとつかみ。こんな朝食も悪くない。ぼくは好きだ。非常にしばしば、朝の8時ごろ、こんな朝食をたべる。  ま…
2015.12.8
イマジン、のひと言につきた
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 ジョン・レノンの名前を見たり聞いたり、あるいは彼についてふとなにかを思ったりするとき、僕はまっ先に頭に思い浮かべるのは、一点の絵だ。ジョンがまだリヴァプールでアート・スクールの学生だった頃、同級の女性がジョンの肖像画を…
2015.10.19
鉛筆を削る楽しさ
 僕は鉛筆を削るのが好きだ。鉛筆そのものも、そして鉛筆でなにか書くのも好きだが、削るときがもっとも楽しい。だから僕は削るために鉛筆を買う。僕の好みに合うのは、アメリカの鉛筆だ。西ドイツやイギリスの鉛筆も悪くないけれど、ア…
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