882編公開中。 今を映す手鏡のように
『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』 の一覧
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2017.8.30
水になった氷の悲しみ
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 仕事の用件で編集者に電話をかけた。用件をめぐる話が終わると、 「ちょっと待ってね、替わります」  と彼は言い、数秒後、 「もしもし」  と、編集長が電話に出た。 「八時にはいつもの店にいるから、暇なら来なさい」  と、…
2017.8.24
川があり、橋があり、ホテルもあった
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 僕が十歳だった年、夏の終わりのある日の小さな出来事を、いまでも覚えている。僕宛に葉書が一枚、届いたのだ。現在のよりもひとまわりは小さいサイズの、当時の日本の官製葉書だった。宛名は日本語で書いてあったが、文面は英語だった…
2017.8.21
ご飯のおかずが、ご飯
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「こうしておいしい料理を次々に食べて、ワインの酔いもほどよくまわってくると、頭のずっと奥の片隅に、気がつくとふと立ち上がっているのは、学生時代の記憶なんですよ。そういう年齢にさしかかってるのかなとも思いますけど、学生時代…
2017.8.20
占領とヌードル・スープ
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 小さな空き箱がひとつあれば、それを道具にして子供はさまざまな遊びを工夫することが出来る。空き箱ではなくてもいい。なかになにかが入っている箱なら、外側の箱だけではなく、なかにあるものを使っても、子供は遊ぶ。三方の壁に奥行…
2017.7.31
海から見る自分の居場所
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 瀬戸内の海からその港へ入っていくとき、視界に広がる景色というものを、現在の地図を見ながら僕は思い描いている。最近の地図を見ながらだから、思い描く景色は現実にかなり近いものとなっているはずだ。海に突き出た埋め立て地が、港…
2017.7.23
渡り鳥と寿司について
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 一九六一年には大学の三年生だった僕は、その年の夏を房総半島の館山で過ごした。なぜ館山だったのか、いまとなってはなにひとつわからない。当時の僕は房総半島に関しては完全に無知だったはずだ。学校の友人に教えてもらったのかもし…
2017.7.7
カルピスについて思う
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 少なくとも僕の体験のなかでは、カルピスは女性と深く結びついている。カルピスは僕の幼年期から青年期にかけて、女性の一部分であった、という言いかたをしてもいい。カルピスに性別があるなら、それは女性ではないか。  子供の僕が…
2017.6.11
思い出のバブル・ガム
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 アメリカの駄菓子の記憶としていまも僕のなかでもっとも鮮明なのは、リコリスの味と香りだ。リコリスは甘草(かんそう)と日本語では呼ばれている。ルート・ビアをひと口飲んだとき、うへっ、薬臭い、と顔をしかめる人が日本には多いが…
2017.6.10
森永ミルク・キャラメルの箱
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 掌サイズ、という言葉がある。片方の掌に収まる、あるいは片方の掌だけで楽に持てる、というサイズを総称して、掌サイズと呼んでいる。日本におけるこの掌サイズの、じつになんとも言いようがないほどに素晴らしい、しかも普遍に到達し…
2017.5.28
オカズヤのオイナリサン
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 稲荷ずしは子供の頃からよく知っている。好きな食べ物のひとつだ。スティームド・ライスを食する方法として、たいそう好ましいではないか。しかし、子供の頃からずっと、出来不出来はあるにしても、稲荷ずしはどれもみな稲荷ずしでしか…
2017.5.9
アイスキャンディ
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 アイスキャンディを最初に食べたのはいつだったか。日本という失敗国家が冒した完膚なきまでの大敗戦という失敗の、あの夏ではなかったはずだ。あの夏はあのときすでに峠を越えていたし、アイスキャンディどころではなかったからだ。次…
2017.5.8
マヨネーズが変わった日
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 ナンシー梅木は本名を梅木美代志といい、一九二九年に小樽で生まれた人だ。占領米軍とのつながりを持った人たちが、戦後の彼女の身辺には何人もいたようだ。彼らを経由してアメリカ兵たちと親しくなり、そこからさらにアメリカ文化へと…
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