884編公開中。 今を映す手鏡のように
『東京22章』 の一覧
2017.4.25
人生階段のぼり降り
縦書き
 東京の階段は写真の被写体になり得る。いろんな写真を撮ることが出来る。なぜ誰も撮らないのだろうか。東京で過ごした人生の、現実と自分との折り合いの収支決算は多少の赤字だがそれはまあいい、というような写真の主役として、階段は…
2017.4.12
明日もたどる家路
縦書き
何点かの写真を連続させてひとつのフィクションを作ることが出来る。ここにある十六点の写真〔ページ末参〕は、1から16まで連続させることによって、家路というフィクションになっている。自宅の最寄り駅を出て駅周辺の商店街を抜けて…
2017.3.31
忘れがたき故郷
 二〇〇〇年の残暑の日、僕はここにある九点の写真を撮った。九点のうち七点までは、東京の世田谷のとある一角でのものだ。残る二点はおなじ東京の別の場所で撮った。東京を生地とする僕にとって、この九点の写真を撮った場所は、故郷と…
2017.3.28
梅ヶ丘まで歩いて七分
子供の頃から三十代の終わり近くまで住んだ場所から、小田急線の梅ヶ丘駅まで、歩けば七分くらいだったと思う。故郷のすぐ隣が梅ヶ丘だ。いまでもそのくらいの親近感は続いている。 高校生の頃に自転車で学校へいくには、自宅を出てすぐ…
2017.3.23
赤い矢印文化圏
 東京のどこを歩いても、とにかくいたるところに赤い矢印がある事実を認識している人は、思いのほか少ないのではないか。数は多いしどこにでもある、そして多数の赤い矢印がどこにでもあることが当然のようになってもいるから、視覚では…