884編公開中。 今を映す手鏡のように
『昼月の幸福ーエッセイ41篇に写真を添えて』 の一覧
1 2
2017.9.7
銀座で夕食の約束
縦書き
 銀座で夕食の約束があった。僕と男性もうひとり、そして女性がふたりの、合計四人だ。女性たちのうちのひとりと落ち合った僕は、コーヒーを一杯だけ飲み、彼女とともに夕方の銀座を夕食の店にむかった。  歩道を歩いていて、あるとき…
2017.9.4
本を開いたらチューリップが咲いた
縦書き
 世のなかに本ほど奇妙なものはない。四角く切った薄い紙が何枚も、一辺においてのみ綴じてあり、その結果として何枚もの紙はページとなり、指先で順番にあるいは順不同に、めくることが出来る。ページには文字や絵が印刷される。どの本…
2017.6.29
彼女が雨を見る態度
縦書き
 1   秋の雨の頃、仕事の帰りに彼女は京都に一泊した。京都は雨だった。その雨の京都から、彼女は、親しい友人に宛てて、絵葉書を出した。絵葉書に彼女は次のように書いた。 『雨の京都で蛇の目を買いました。さっそく、それをさし…
2017.1.3
アロハ・シャツと小説の主題
 アロハ・シャツの小説を書いたら面白いにちがいない、と僕が思いついたのは十五年ほど前のことだ。ハワイのいくつかの博物館や大学の図書館をまわり、資料を検索してみた。手に入る資料は多くはなかった。シャツの現物はかなり残ってい…
2016.10.23
表現された秋、という荒野を歩いてみた
 いつから秋なのだろうか。秋はいつから、始まるのか。  俳句歳時記を、僕は見てみた。  「立秋(多くは8月8日)から立冬(多くは11月8日)の前日までが秋になる」  とあっさり書いてあった。  ついでに俳句歳時記のあちら…
2016.8.5
自分の意味が消えるとき
 空を眺めることをなぜ僕が好いているか、その理由をひと言で表現するなら、空を見るとそのたびに、自分というものの意味があっけなく消えてしまうからだ。  空は圧倒的だ。すさまじい。とてもかなわない。しかも、人間の力も存在など…
2016.8.2
空という偉大な絵画
 空のドラマは、すさまじい。とうてい、かなわない。空は、時間と空間の、とてつもない量での具現だ。僕なら僕というひとりの人間から見ると、およそ信じがたいほどの量の時間と空間の具体的な姿が、空というものだ。だからこそ空はドラ…
2016.8.1
今日は海岸で雲を見る
 目が覚めてベッドを出る。窓を開く。外を見る。そのとたん、よし、今日は雲を見よう、と決定する日が、ひと月のうちに一度はかならずある。雲を見ること。それは僕の趣味のひとつだ。  僕の好みの雲が出ている日は、体験によって正確…
2016.5.13
昼月の幸福
 季節を問わず、午後、まだ明るい時刻、ブルーがすこしだけ淡くなった空をふと見上げてそこに月があると、僕はたいへんにうれしい。青い空を底なしの背景として、白い小さな月が遠くにぽつんと浮かんでいる。小さいけれども、その存在の…
2016.5.6
タイプライターの追憶
 この写真は、僕が愛用しているタイプライターのうちの一台を、真上から撮影したものだ。ごく普通の普及品のタイプライターであり、デザインも普通だ。しかし、これはこれで充分にきれいではないか。いまこの文章を書いている日本製のワ…
2016.5.4
オードリーの記憶
 アメリカの『ヴォーグ』の一九九三年四月号を見ていたら、オードリー・ヘップバーンについての記事があった。亡くなった彼女の追悼の記事だ。さすがにと言うべきか、あるいは当然のことでありすぎるからいまさら言うまでもないことか、…
2016.1.24
くっきりとした輪郭としての寒い季節
 今年の冬は寒い、という予報はどうやらはずれたようだ。冬の寒さ、というものを僕は期待していたのだが。たとえばこの正月は、まるで寒くなかった。寒い、と思った日が、この冬はまだ一度もない。この冬、というような言いかたが、すで…
1 2